2014_07
27
(Sun)00:00

忘れない4

後宮では張元が女官たちに指示を飛ばし夕鈴の治療にあたっていた。

「布と薬湯を早く!!」
「夕鈴、夕鈴っ!目を開けろ!」

肩を貫いた矢は急所を外れてはいたものの、出血が酷い。
武官が至近距離から射た矢だ。
華奢な身体には過ぎる衝撃が夕鈴から力を奪い去っていた。
痙攣し始めた身体から温度が抜けてゆき。
苦しげだった表情が穏やかなものに変ってゆく。
命が零れ落ちる感覚が黎翔を凍り付かせる。


「夕鈴、夕鈴・・・ゆうりんっ!!」

冷たくなり始めた身体を抱きしめ、頬を擦り付ける。
耳元でひゅうひゅうと鳴る息。
感じられないほどに弱まった鼓動。

『どこにいても、私は。愛するあなたの味方です。』
そう言ってくれたのは、つい先ほどの事なのに。

「ゆ、りん?」

腕の中の君はぴくりとも動かない。

「いや、だ・・・・いやだ。」

空気が止まり音が消え。
自分の鼓動だけが聞こえる。

____失うのか。

認めたくない現実が目の前にあって。
僕は、王なのに。
それを変えることができない。

『陛下』
_____夕鈴。

『陛下、陛下!』
________夕鈴、夕鈴。


「ああ、そうか。」

不意に気付いた。

「君と一緒に逝けばいいのか。」

僕が夕鈴を失わずにすむ方法。
こんなに簡単な事だったのか。

______忘れない想いを抱えて生きるより。

「一緒に逝こうか・・・・夕鈴。」

この柔らかな身体から命が抜けたら。
僕も逝けばいい。

「独りにしないでくれ。」

黎翔の震える手が剣に伸びたその時。

「陛下、先ほどの武官が正気に戻りました。」

李順の声に黎翔の動きが止まった。




ぴちょん。
水音が響く、昼なお暗い岩屋の奥。
どす黒く変色した岩屋の壁が、此処がどんな場所なのかを如実に語る。
天井から滴り落ちる水が虜囚の頭を濡らし。
不規則に落ちるそれは、ひと時のまどろみすら許しはしない。

ぐらぐらと頭を傾けながら目を凝らした元武官は。

「――――っ!」

肩口を抉る鮮烈な痛みに目を見開いた。

「ぐ、うっ・・・!下賤な狼、がっ!!」
「ほう、威勢がいいな。」

柄を捻り剣先を骨の隙間に埋め込んで。
獲物の呻き声を楽しみながら軟骨を削ぐ。

「う、ぎっ・・・!」
「なぜ私を狙った?」

ぶつん、と何かを断ち切る音がして。
悲鳴が反響しながら壁に吸い込まれ。
狼が微笑する。

「言え。」
「_____お前はっ!私の王を殺したっ!!」

異なことを聞いたとばかりに首をかしげる黎翔の瞳が赤黒く嗤い。
『冷酷非情の狼陛下』を前にした虜囚は必死に声を張り上げた。

「実の兄を殺した人でなし!お前など国の王に相応しいはずがない!」
「そんな理由で我が妃を傷つけたのか?」

どんっ、と重い衝撃が走り肉と骨が同時に砕け散り。
脚を断ち切られてのたうち回る武官の腕が飛ぶ。

「妃は・・・夕鈴は。お前が慕う我が兄やお前が忌み嫌う私の様な者とは違うのだ。」
「ぐあああっ!」

残っていた腕が飛び、血飛沫が花火の様に宙を舞う。

「なぜ、彼女が飛び出して来たと知りながら矢を放った?彼女ごと私を射んとしたか?」
「わが王の味わった苦痛を思えば・・・っ、狼の妃の命など取るに足らないっ!」

不意に。
怒りに彩られていた紅い瞳が憐みの色を浮かべたように武官には見えた。

「無垢な妃の命を奪うお前と国を傾けた兄を弑した私のどちらが正しいかなどを、今この場で論ずるつもりはない。」
「・・・あ、」
「どんな理由があろうと、私が人の命を奪った事に変わりない。」

愚王を慕った忠実な元従者は。
痛みと失血に青褪め震えながら己の罪を悟る。

「命尽きるまで此処で己の罪を悔いろ。」

黎翔は静かに剣を拭い。
虜囚の息が徐々に細る音を聞きながら岩屋を後にした。





「______夕鈴殿、夕鈴殿?」

今頃は岩屋にいるであろう主を思い浮かべながら、李順は変わり果てた姿の妃に呼びかける。

「いえ、もう『正妃様』とお呼びしなくてはなりませんね。」

青白い頬と血の気の失せた唇。
致命傷ではないが深い矢傷は想像以上の出血をもたらし。
ようやく得たこの国の正妃をあの世に誘おうとしている。

そんな事を許すわけにはいかない。
今正妃を失えば、陛下も死ぬ。

「・・・いつまで眠っているおつもりですか?」

僅かに上下する胸。
苦しげな浅い呼吸。

「正妃様ともあろうお方がこのように寝過ごして・・・借金を上乗せ致しますよ?」

ぴくりとも動かない細い身体。
白く変じた指先。

「起きて下さい!夕鈴殿!!陛下をお一人にするおつもりですか?!」

たまりかねた李順は叫び。

「そうじゃ、掃除娘!!早く元気になってお世継ぎをもうけるのじゃ!!」

眼に涙を浮かべた老師が喚き。

「お妃ちゃん、そろそろ起きてくれよ・・・陛下が、待ってる!!」

歯を食いしばりながら浩大が呻く。

「夕鈴殿っ!」
「掃除娘っ!」
「お妃ちゃん!」

口々に縋る、彼らの耳に。

「・・・へ、か」

微かな囁きが届く。

「誰か、陛下に使いを!正妃様のお目が覚めました!!」
「は、はい!かしこまりました!」

嬉し涙に暮れながら、侍女の一人が走り。
女官たちは手を取り合う。

「掃除娘、わしが見えるか?!」
「・・・は、い。」
「しっかりせい、必ず助けてやるからの。」

「夕鈴殿、借金上乗せは撤回しますからご安心を。」
「しゃ、っき、ん・・・?」

びくっと開かれた茶色の瞳を覗き込む老師の顔は明るく。
薄く笑う李順の頬は嬉し気で。

そんな光景を遠巻きに見た女官たちは。

「・・・借金?掃除?」

皆一様に首を傾げた。



______それから幾度も季節が巡り。

狼陛下と呼ばれた国王と。
後宮の悪女と呼ばれた正妃は。

今はもう、いない。

白陽国の王宮にいるのは穏やかに微笑む国王と。
春の陽射しの様な正妃と。
二人の皇子と一人の皇女。

「忘れてはなりませんよ?・・・この国の歴史を。」

かつて狼と呼ばれた国王のことを。
忘れられない想いを抱いて暮らした日々の事を。

「忘れないでね?」

正妃は子らに伝え。

「はい、母上。」

子らは胸に刻む。

今の幸せを、繋ぐために。

C.O.M.M.E.N.T

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2014/07/27 (Sun) 01:21 | # | | 編集 | 返信

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2014/08/03 (Sun) 18:24 | # | | 編集 | 返信

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