2014_07
26
(Sat)00:00

忘れない3

夕鈴の手を取り馬から下ろし、迎えの馬車に乗り込む。

「こんな所まで迎えに来るとはな。」
「離宮に立ち寄られては私が大変なんですよ。」

狼陛下が睨んでも、李順は全く動じない。

「我儘を申されては困ります、陛下。」
「ようやく手に入れた花嫁を心行くまで愛でたいだけなのだが。」

ぴくん、と腕の中で兎が小さく跳ねる。
その動きすら愛おしい。

「・・・まずは、王宮へ。」
「えー、やだ。」
「陛下っ!」

王宮で李順や宰相に邪魔されながらの蜜月だなんてゾッとする。
ほんの数日でいい。
朝も夜も昼も、夕鈴と共に過ごしたい。
離れていた日々を埋めるように。

小声で言い争う僕と李順。
御者台の浩大が呆れたようにこちらを見ているが、構うものか。

「やっぱり離宮に」
「王宮です!」

李順の声が高くなる寸前に、兎の一声が響いた。

「王宮に戻りましょう、陛下。私、皆さんにお会いしたいです。」
「・・・夕鈴が、そう言うなら・・・。」
「正妃様、ありがとうございます。浩大、王宮です!」

不貞腐れた王と困り顔の正妃を乗せた馬車は一路王都へと向かう。





馬車の中。
夕鈴は黎翔の膝上で戸惑っていた。

「・・・」

何か話しかけようと顔を上げるが、言葉が出なくて。
先ほどまでの馬上とは違う距離の近さに心臓が跳ねる。

互いの息遣いを感じる。

寄り添った鼓動が聞こえ。
さらりと髪が流れる音がし。
心を満たす香が届く。

そばに、いる。

夢にまで見たそれが実感を伴った現実に変わり。
不意に零れ落ちた夕鈴の涙を黎翔の唇が掬い取る。

「陛下、陛下・・・へいかっ!」
「ごめんね、夕鈴・・・ごめんね。」

会いたかった。
忘れられなかった。

これまでの日々を埋めるかのように、ただ抱きしめ合った。




御者台後部の隠し窓から、中を伺う。

「・・・いい顔してんじゃん。」

よかったな、陛下。

胸の中で呟いた浩大は、王都へと続く道を見渡した。

安らいだ寝顔の主とその花を起こさぬよう、できるだけ静かに進む。
王都に入れば民の歓声が二人を起こすだろうから。
せめてそれまでは、普通の夫婦みたいに眠ればいい。
しっかりと抱きしめ合って。

俺が護ってやる。
もう二度と離れるな。

お妃ちゃんが正妃になって、王宮の掃除が済んだら。
俺はきっと毎日のようにお妃ちゃんの手料理を食わせてもらって(盗み食いだけどな)、
ネズミどもと適当に遊びながら日を送るんだろう。
難儀な主に手を焼きながら、優しくてお人よしのお妃ちゃんを護りながら。
きっと楽しいに違いない。

そう。

掃除が済めば、な?


_____おい、陛下。


「お客だよ。」
「・・・無粋な客だな。」

文官と武官を従え正妃を迎えて王宮に戻る王の馬車。
その前方には得体の知れぬ私兵の群れ。

「夕鈴、ちょっと待っててね?」

腕の中で眠る妃に軽く口付けて。
黎翔は浩大に声をかけた。

「客人の数は。」
「三十かな・・・・っ、でもっ!」

ひゅんっと空を裂く音がして鞭が撓り。
前方から飛んでくる矢を叩き落す。

「飛び道具が多そうだな。」
「だね。馬に当たんなきゃいいけど。」
「浩大は手綱と馬を護れ。馬車は・・・妃は、私が護ろう。」
「はいよ。」
「李順!克右!矢を防げ!馬車に当てるなよ。」
「はっ。」
「花の眠りを妨げるとは・・・許しがたいな。」

黎翔の頬に笑みが浮かび、獲物を見つけた狼が唸る。

久しぶりに聞く、生気に満ち溢れた主の声に。
馬車の横を並走する李順と克右は微笑した。

「陛下、突破する?」

のんびりとした声で浩大が指示を仰ぐ。

「・・・いや、夕鈴を起こしたくない。この場で叩き潰す。」
「いいの?」

ひゅんっ、と鞭が撓る音が心地よく空を裂く。

「大臣たちもいるぜ?」
「ちょうどよい踏絵ですよ、浩大。」

降り注ぐ矢を払いながら李順が答え。

「一番に逃げ出すのは誰でしょうね。」

克右が楽しげに言い放つ。

「楽しみだな。」

矢が尽きたのだろう。
無言で襲い来る私兵の群れを前に黎翔は穏やかに笑い、後方の大臣たちに向き直った。

「此度はいつぞやのように『解毒剤』の用意はあるのか?氾。」
「何のことでございましょう。今はこの身に代えても陛下と正妃様をお守り申し上げる所存にございます。」

「私の後釜を蓉州から持って来ずともよいのか?柳。」
「仰られる意味が分かりかねます。馬車の守りは我が息子にお任せを。」

膝をつく柳と氾を前にした諸大臣達は声も立てずに狼を見つめ。
『踏絵』が巡り来るのを待つ。

彼らの後方には狼配下の武官が鳴りを潜め。
前方には鮮やかに笑む狼が立ちはだかる。

「う、わぁぁっ!!」

迫りくる私兵の群れを前に一つも動ぜぬ狼陛下の気迫を前に。
一人の大臣が奇声を発し。

「____捕えよ。」

あっけなく捕縛された。


「では、賊を掃うとしよう。」
「御意に。」

捕縛された大臣を見下ろした黎翔が彼らに背を向けた、その時。

「_____っ!」

武官の一人が矢を番えその背を狙ったのと。

「あぶないっ!!」

夕鈴が馬車から飛び出してきたのは、ほぼ同時で。

「お妃ちゃん!!」

どんっ、と黎翔の身体に衝撃が走った。

「・・・あ、」

矢を受けた衝撃はあるが痛みはなく。
この場に不似合いな花の香りが黎翔に届く。
恐る恐る振り返ると、突き立った矢と薄茶の髪が視界に入り。
薄桃色の衣が朱に染まってゆくのが見えた。

「夕鈴――――っ!!」

一刻後。
何事もなかったかのように国王の馬車は王都に到着し。
付き随う大臣達は皆一様に顔色を失っていたという。
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C.O.M.M.E.N.T

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2014/07/26 (Sat) 01:23 | # | | 編集 | 返信

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