2014_07
25
(Fri)00:00

忘れない2

「______夕鈴。」

声と一緒に陛下の温もりが届いて。

「こちらを向いてくれないか。」

忘れた事なんてない陛下の香りに包まれた。

いつか。
いつかこんな風に陛下と会えたら。
願っていたその「いつか」がこんなに早く来るなんて、思ってなかったから。

言葉が、でない。

夢かもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
だって、何度も何度も。
目覚めたら朝で、陛下の温もりは夢で。
その度に零れそうになる涙を堪えるのが辛かったから。

でも。

「ただいま、夕鈴。」

ああ、陛下だ。
本物の、陛下なんだ。

頭上から降る少し震えた陛下の声と言葉が、これが現実だと教えてくれた。

「______おかえりなさい、陛下。」

ほんの少しだけ長く、離れていた。
それだけ、なのに。

貴方が恋しくて気が狂いそうだった。
会いたくて会いたくて、どうしようもなくて。
いつもいつも、西の空を見つめていた。

「おかえりなさい、お帰りなさい、陛下。」

陛下の腕の力が強まる。
それに負けないくらい、私も陛下を抱きしめる。

「____会いたかった。」

振り絞るような陛下の声が耳に注がれて。

「わ、」

私もです。

そう言いかけた言葉は、紡がれることなく奪われた。



広がる空の下、君に口付ける。

「おかえりなさい、お帰りなさい、陛下。」

我知らず強まる抱擁に応えてくれる、君。

「______会いたかった。」

言葉が口をついたのと、ほぼ同時に。

「わ、」

何かを言いかけていた夕鈴の唇を塞いだ。


会いたかった。
日ごと夜ごと君の幻を追い。
いつの日かこんな風に君を抱きしめる事を夢想して己を繋いでいた。

『忘れてしまえ』

自分にそう言い聞かせたあの時から。
忘れる事なんて出来ないのだと分かっていた。
君を忘れたふりをして自分を騙し続けた日々は。
今日、終わる。

深く深く、口付ける。
別れの夜に交わした口付けとは違う甘さを、君に、僕に。
刻む。

夕鈴の頬に添えた手に温かな涙。
全てを僕にくれる優しい水。

ようやく、会えた。

僕の花嫁。

迎えに来たよ。
一緒に、帰ろう。

共に歩むために。





「もうお発ちですか?陛下。」

呆れた様な、諦めた様な、微妙な表情の荷。
これほど突然に夕鈴を連れ去られるとは思っていなかったらしい。

「ああ、これ以上は待てぬからな。」
「相変わらずでいらっしゃる。」

小さくため息をついて穏やかな微笑を浮かべた、荷は。
夕鈴に深々と辞儀をした。

「夕鈴様、陛下が我儘を申し上げたらいつでも壬州にお戻り下さいませ。」
「長官・・・」

涙ぐむ夕鈴の視界がくるりと回り、広がる空が近くなって。
馬上の黎翔の腕に華奢な身体が収まる。

「そのような心配は無用だ。」
「左様ですか。」
「我が妃を守りくれたこと、礼を言うぞ!」

嬉しげに言い放ち馬の腹を蹴った黎翔と、その腕の中で綺麗に笑む夕鈴を見送りながら。

「_____大きくなられましたな、黎翔様。」

そう呟いた、荷は。

______これで宜しいですね?『陛下』。

記憶に残る懐かしい主に語りかけた。





風が耳で鳴る。
爽やかなそれが頬を嬲り髪を弄び心を吹き抜ける。

とくん

懐かしくて愛しい鼓動がすぐそこにあって。

とくん とくん

確かな温もりと昂まりを伝えてくれる。

陛下、陛下。
言いたいことが、伝えたいことが、あるの。

馬を駆る陛下の首に手を回すと、驚いた様な紅が私を見つめた。

「ゆ、」
「どこにいても、私は。愛するあなたの味方です。」

陛下の手が手綱を握っている間に、少しだけ。
寂しかった日々のお返しをする。

「あなたが、好き。」

見開かれた紅玉に映る私は、きちんと笑えているのか分からないけれど。
今なら言える。

「あなたに会えない日々は、寂しくて苦しくて。もう二度とあんな思いはしたくありません。」

だから。

「もう離さないで。」

今は二人きりだから。
誰も見ていないから。
少しだけ大胆に。

「・・・『忘れてしまえ』だなんて。陛下のバカ。」

風に洗われ冷たくなった陛下の頬に口付けて。

「うん・・・ごめんね?」
「いいんですよ、もう。」

幸せな時間に身を委ねた。



もう少しで王都が見えようか、という頃。

「・・・こんな所まで迎えに来ずとも・・・近くの離宮でのんびりしてから帰るつもりだったのに・・・」

がっくりと項垂れ、黎翔は馬足を緩めた。

「え、迎え?」
「李順め。」

国王の馬車を守るようにずらりと並んだ官吏と兵士。
その一列前には大臣達が。
彼らから更に一歩離れて側近が控える。

「・・・出迎え、ご苦労。」
「遅くなりまして申し訳ございません。」

精一杯の嫌味を込めた黎翔の言葉をさらりと流した李順は。

「お帰りなさいませ、正妃様。」

お美しくなられましたね。

そう言って、馬車の扉を開け。
御者台では浩大が小さく笑った。
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