2014_04
18
(Fri)14:16

勿忘草 3

「・・・記憶を失っている、というのとは少々違うようですのう・・・」


意識を失い、青褪めた顔で横たわる夕鈴。

その脈と呼吸を確かめ、張元は黎翔に彼女が倒れた時の様子を聞いた。


「まず、気にかかったのは・・・」

口ごもる張元を、黎翔は目で促す。

「お妃様は、陛下の事だけは覚えておられる。『おにいちゃん』として、ですがな。」

「ああ。」

「だが、その他の事は・・・家族や下町での記憶を残して、忘れてしまう。」


おそらくは、と前置いて。


「忘れたい事・・・見てはならないものを見た、のではないかと思われます。」

張元はゆっくりと礼を取った。




日暮れを迎えた、妃の部屋。

未だ目覚めぬ夕鈴は、安らかな表情を浮かべていた。


「・・・見たくない、忘れたい、か。」


その頬にそうっと触れた黎翔は、辛そうで。


「・・・なんだ、浩大。」


声をかけるのを躊躇っていた隠密は、ほっとしたように姿を現した。


「李順さんから伝言。限界だから王宮に戻れ、って。」

「わかった。夕鈴を頼むぞ、浩大。」

「了解。」


とんっ、と天井裏に戻った浩大が落ち着くのを見計らって。

黎翔はもう一度夕鈴の頬を撫でて、退室した。





______黒髪、赤い目。薄くて綺麗な唇。


陛下とよく似た、少年。

晏流公。


それらしき人物が王都にいるとの情報を、陛下に伝えるはずが。


『・・・見たくない、忘れたい、か。』


耳に入ってしまった黎翔の独り言が、浩大を口籠らせた。



もし、もしも。

お妃ちゃんを襲ったのが晏流公だとしたら。

兄王を誑かす「後宮の悪女」を排除すべく動いたのだとしたら。

そして、晏流公のその動きを狼陛下が知り。

兄弟で争うことにでもなったら。



裏でほくそ笑んでいるのは・・・・どいつだ?


「ふざけんじゃ、ねえぞ。」


ぎりっ、と浩大の指先が掌に食い込む音がして。

堪え切れない隠密の怒気が、狭い天井裏に満ちる。



一体、いつまであの人を苦しめるつもりだ。

生まれたその日から命を狙われ続けて。

北に飛ばされて。

綺麗な手を血で染め上げて、兄王まで殺させて。

今度は、弟を使って。

陛下が大切にしている花に手をかけさせた。



いつまで。

一体、いつまで。


「・・・苦しめる気だ?」


怒りに瞳を光らせた浩大の手が素早く動いて。


「おい、お前に聞いてんだよ。」
「っ!!」

闇の片隅に潜んでいた鼠の尻尾を捕えた。





ガタン、と煩わしい音がして。


「そんなに音を立てずとも起きますよ、浩大。」


深夜の、王宮。

李順に与えられた私室。

極めて質素な寝台ときれいに片づけられた机しかない殺風景な部屋の真ん中に、浩大は立っていた。


「陛下は・・・」

「お妃ちゃんの側。」


短く答えた浩大の袖に付いた赤黒い染みが李順の視界に入る。


「で?」

「前王の時代に幅を利かせていた奴らが、賭けに出たらしい。」

「・・・『奴ら』?」

「ああ。王宮と蓉州、両方にいる。」

「狙いは・・・内乱の誘発、でしょうね。」


浩大は黙って頷いて。


「だから、陛下の目のつくように、もう一度。」

「____晏流公に妃を襲わせる。」

「そう。」


ふぅ、とため息をついて、李順は立ち上がり。


「では、早急に陛下にお伝えせねば・・・。嫌な役です。」


枕もとの眼鏡に手を伸ばした。








「・・・なるほど。」


黎翔の口の端に、笑みが浮かび。

李順は背筋に悪寒を感じる。


____ここで引いては、いけない。


自らを鼓舞し、言を続ける。


「ここで公を処罰すれば、敵を喜ばせるだけです。」

「どうするつもりだ。」

「公には目立たぬように監視を付け、蓉州にお戻りいただきます。」


ふん、と黎翔は鼻で笑い。


「___夕鈴を傷つけた咎を忘れろと?」


ちゃき、と手に握った剣が鳴る。


ざわり、と危険を告げる本能を押しとどめ、李順は一歩前に出た。


「夕鈴殿の記憶混濁は、公の顔を見たから。陛下にそれを知らせたくないから。」

「・・・っ。」

「夕鈴殿は、弟想いの方です。『自分の弟が妃を弑した』その事実に陛下がどれほど傷つくか、と・・・」

「私が、傷つく?」


黎翔の瞳に浮かぶ戸惑いの色。

説得の余地がある、と李順は踏んだ。


「夕鈴殿は、晏流公を陛下に殺させたくないのではありませんか?」

「裏で糸を引く者を、喜ばせてはなりません。」


黎翔は無言で側近を見下ろし。

ゆっくりと、息を吐いた。



翌日。

晏流公は、浩大の護衛の下。

馬車に揺られて帰路についた。










それから、幾日。


「お兄ちゃんのお名前は、何て言うの?」

「黎翔、だよ。・・・夕鈴。」


繰り返される、同じ日々。


いや、違う。


「夕鈴、もっと食べよう?」

「ううん、お腹いっぱいなの。」


夕鈴は、確実に衰弱し。

黎翔の焦燥は濃くなっていた。


_______心の、限界。


老師の診たて。



早急に記憶を戻さねば、よく持ったとしても、あとひと月。

あとひと月で、夕鈴の命が危うくなる。



「おにいちゃん、こっちよ!」


軽やかに走る夕鈴の肩は。背は。首は。

折れそうなほど、細くなった。



夕鈴。


僕は、どうしたらいい?
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2014/04/18 (Fri) 18:42 | # | | 編集 | 返信

名無しの読み手様へ

ありがとうございます!!
えっと、そんなに遠くに行っちゃうわけでもないですし、
おまけに、書いてます。(笑)
いつでも居りますので。
いつでも、お越し下さいませ!!!

2014/04/20 (Sun) 10:57 | あさ #- | URL | 編集 | 返信

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