2013_07
21
(Sun)22:23

ためらい

【設定・臨時花嫁】


《ためらい》





_____________さて。どう致しますか?


陛下。









「李順さん、一日だけお休みを頂けないでしょうか?」


そう願い出た、バイト。


本格的な夏を迎えたので、少し家の中の事を片付けたいのだ、と言う。

弟の夏着の仕立て直しも、まだ全部終わっていないから、と。


そうですね。

ちょうど、良いタイミングです。



「わかりました。一日だけですよ?」


陛下には内密に、と念を押し。

嬉々として通用門を潜り抜け実家に戻って行く夕鈴殿を、見送る。



「__________浩大、宜しくお願いしますよ。」

「はいよ。一日だけ、なんだよね?」

「ええ。一日だけ、です。」



勘の良い隠密の言葉を、さらりと受け流し。

李順は、王の居室へと向かった。











「ええと、青慎の夏物は・・・・そうそう、これが途中だったのよ!!」


パタパタと家中を動き回り、夕鈴は手際よく夏仕度を整えていく。

寝具や掛け布は、この前のお休みのときに整えた。

開け放つ事が多くなるから、窓の掃除も念入りにしたし。

台所にも、風を入れたし。


ちくちくと着物を直しながら、夕鈴は忙しく考え続ける。


「・・・そうだわ、明玉に青慎の食事をお願いしなきゃ・・・」


夏は特別講義があるので、毎日昼過ぎまで青慎は学問所に詰める。

帰宅してから昼食を作るのでは、だいぶ遅くなってしまう。

そこで夕鈴は、明玉の飯店に青慎の昼食を頼む事にしたのだ。


「えっと、お代を前払いして・・・・手土産は・・・西瓜でいいかしら?」


縫い物を終わらせ、夕鈴は立ち上がった。







「・・・・そんなわけで、宜しくお願いします。」


飯店の主人に丁寧に頭を下げる。


「そんな他人行儀なことしないでおくれよ、夕鈴ちゃん!」


店主は豪快に笑い、後の事は任せるよう、胸を叩いてくれた。


一安心して、明玉とお茶を飲んでいると。


「・・・・・ねえ、夕鈴。あんた、掃除婦のバイトなのよね?」


夕鈴にずいっと近づき、明玉が真剣な眼で問いかけてきた。


「っ!な、なに?そうよ、掃除婦よ?!」


慌てて返答する夕鈴を、明玉は疑わしげに問い詰める。


「・・・・・なんか、いい匂いがするわよ?高そうな香り。爪も綺麗に整ってるし・・・・」

「そ、それはっ!さすが王宮、っていうの?掃除婦といえども、身だしなみは大切ですって言われて、色々支給されるのよ!」

「そっかー・・・・それも、そうよね。なんていったって、王宮ですものね!」

「そうそう、下町とは訳が違うんだから。」


なんとか誤魔化せた、と、胸を撫で下ろし。


夕鈴は、最後にもう一度店主に挨拶をして、店を出た。






じりじりと焼け付くような陽射しが照りつける。下町。

馴染んだ土埃の匂いが、懐かしくて。

夕鈴は、自分が後宮の暮らしに馴染んでしまっていることに、気付いた。


「・・・・・あと、どれくらいなんだろう・・・・・」


何も考えずに夢中で投げてしまった、高価な壷。

借金の額を知る事すら、恐ろしくて。



_____________きちんと職務を全うして下されば、返済できる額ですので。



上司の言葉を信じて、日々懸命に『職務』に勤しんではいるものの。



「・・・・お役御免になる前に、借金、終わるかな・・・・」


ぽつりと言葉を零した。




陛下が、正妃様をお迎えになる時には。

バイト妃は、もう要らなくなる。

それは、いつ?

それまでに借金返済が終わらなかったら、私、どうなるんだろう。

見続けるのかしら。

陛下が本物のお后様と、睦まじく過ごされるのを。



「それは、ちょっと、いやだな・・・」



あるはずのない陛下のお渡りを待ちながら、『囮』として後宮で暮らす自分を想像して。

夕鈴の、歩みが止まった。





どうしよう。

王宮に戻るのが、怖い。

でも、借金、が。


どうしよう。

足が_______________動かない。












「____________以上が本日のご公務の流れでございます。」


「わかった。」


筆を走らせながら目も上げずに返答する黎翔に、いかにも付け足しと言った風情で李順は奏上する。


「お妃様には本日会いに行かれませんよう、お願い致します。」


ぴくり、と黎翔の眉が上がり。


「何故だ?」


と、冷気を伴う声が低く響く。


「一日だけ、ご実家にお里帰りですよ。」


事も無げに、李順は言い。


「色々と御用がおありのようで・・・・」


この話はお終い、とばかりに、書簡をまとめて退室の礼を取る。


「陛下も、そろそろ・・・・徐々に、『お妃様』と距離をおかれるよう、お願いします。」


言い置いて、下がる李順に。


「・・・わかった。」


黎翔は、小さく呟いた。






執務室に一人残った黎翔は。

さらさらと筆を走らせ、黙々と書簡を捌き続け。

山を崩し終えると、ようやく筆を置いた。



まだ、李順は戻らない。




_______________そうか。


終わるのか。


なるほど。


予告してくれるとは・・・・・・



「李順も、分かっている、ということだな。」


狼陛下の紅い瞳が、鮮やかに輝き。

形の良い薄い唇が、弧を描く。




・・・・・さて、と。


行くか。





しばし後、もぬけの殻の執務室で。


「・・・・少しは躊躇って頂きたいのですがね。」


脱ぎ散らかされた衣装を床から拾い上げながら。


李順は、自分が笑っていることに気付いた。












どうしよう。


立ち止まったまま動かない夕鈴に、不審な目を向けながら、人々は通り過ぎてゆく。

このままではいけない、と、分かっていながらも、夕鈴はどうすることもできずにいた。



・・・戻る?

そう、戻らなきゃ。

借金、まだ残ってる。

青慎の学費だって、足りない。


でも。


借金は、几鍔に立て替えてもらうことも、できる。

バイトを掛け持ちすれば、借金返済くらいは・・・

どこかに住み込みで働くっていう、手も。


でも。


もう、会えない?

このまま、会えない?


どうしよう。

どうしよう。



「__________お妃ちゃん。」



ビクッと、華奢な身体が震え。

浩大は、夕鈴が自分の想像通りの事を考えていたと、悟る。


「あのさ・・・・目立つから、いったん、家に帰ろう。」


それでも動かない夕鈴に、浩大は嘆息し。


「しょうがないなー、ほら、手。」


手を差し出す。


その手をじっと見て、困ったような顔で。


「・・・・・大丈夫、一人で、行けるから。」


夕鈴は、ようやく歩き始めた。





良く知る土の香りと風の香り。

喧騒。

見知った顔。

家族。

友人。



_____________帰って来ても、いいのかな。


帰りたい、のかな。


借金さえ、なくなれば。

・・・・・・私、帰ってこられるんだ。



家が見える。

見慣れた我が家が。



『______________夕鈴』


不意に、名を呼ばれた気がして、歩みが止まる。


「あ・・・・・」


『ただいま、夕鈴。』


声が甦る。


優しい笑顔と、甘い言葉。

大きな掌と、優しい腕。



分かってる。演技だって。


でも。


私は、決めたのよ。

味方でいる、って。


急に目の前が開けた気がして、夕鈴の頬に笑みが戻った時。



「____________夕鈴。おいで。」


聴き間違えようのない、仮初の夫の声が耳に届いて。

驚き振り返ると、そこには手を差し伸べる、黎翔がいて。


夕鈴は、躊躇うことなく、手を取った。



「__________はい。一緒に、帰りましょう?」


「・・・・うん。帰ろう?」



手を繋いで、王宮に戻っていく二人を。。


「危なかったねー、陛下。」


___________逃げられちゃうところだったよ?


隠密は、くすくすと笑いながら見守った。
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2013/07/22 (Mon) 03:21 | # | | 編集 | 返信

おりざ様へ

ぎりぎり!でした。笑
あぶなかったー。色々と。笑

2013/07/22 (Mon) 15:04 | あさ #- | URL | 編集 | 返信

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