2017_05
26
(Fri)21:45

あの日2


雨ですね。
明日の運動会に向けてキロ単位の鶏肉を仕込みつつの更新です。
SSから唐揚げ臭がしたらごめんなさいww

では、もし宜しければ。


【設定 陛下の過去捏造】
≪あの日2≫



王宮からの使者は、刺客と言うより死神と言った方が相応しい風貌の男だった。
ひょろりと高い背と、青白く表情のない顔。
水晶玉のような瞳でじっと黎翔を見据えるその男――――周康蓮は恭しく礼を取った。

「王弟殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。こちらが国王陛下からの書簡にございます。」

仰々しく飾り立てられた細長い函を額より高い位置に捧げ持つ使者。
王の権威を誇示するかのようなそれに冷たい目線をくれ、黎翔は側近に命じた。

「そうか、兄上からの……李順。」
「はっ。」

摺り足で周に近寄った李順が恭しく箱を受け取り、主へ渡す。
黎翔は軽く箱を捧げ持ち優雅に首を垂れると、金糸銀糸で編まれた紐を無造作に解いた。

「……。」

彼の一挙手一投足すべてを見逃すまいとする、水晶玉。
それを知ってか知らずか、王弟殿下は蓋を年若い側近にポンと渡して中身を取り出した。
はらりと料紙が揺れる。
厳つい外見に比して脆弱なそれ。
その滑稽さに少年は思わず笑ってしまった。

「殿下。」

聡い側近が窘めるも、その朗らかな笑い声は止まぬ。
くくっ、と握りこぶしの先を口元に当てて堪えてはいたが、屈託のないそれは周康蓮の耳に心地よく。

――――この方は健やかにお育ちなのだな。

そしてそれは、彼が一度だけ耳にしたことのある前王の声とよく似ていて。
周は、思わず口にのぼせてしまった。

「――――殿下。こちらでのお暮しはいかがでしょうか。」
「いかが、とは?」

まだクスクスと笑いながら答えた黎翔の気配が微かに変じ、周は己の失言を即座に悔いた。

「他意はございません。私は王都から出たことが殆どございませんので、つい。ご無礼をお許しください。」
「いや、よい……そうだな、最近は辺境軍の者たちと鍛錬するのが面白い。ここは王都からは遠いが北方の防御の要。いずれ兄上のお役に立てるよう、励んでいる。」

ぴくっ、と李順の眉が跳ねる。
それに気付いたのかどうか、周はさらに身を屈め口を開いた。

「ご立派なお心がけと存じます。国王陛下もお喜びになられましょう。」
「――――下がって休め、周康蓮。旅の疲れを癒すがいい。」
「ありがとう存じます。」

李順に案内され謁見部屋を出て行く周康蓮。
王都からの使者の背を見送り、黎翔は手元の書簡に目を落とす。

「――――『たまには顔を出せ』だなんて。兄上は何を考えているんだ。」

眩いほどの夏の陽射しが、不意に翳りを帯びた気がした。





「――――で、どうしよう。行った方がいいのかなあ。」
「そりゃ、行くしかないでしょうね。」

広々とした邸の庭。
木漏れ日を見上げる黎翔の前に座った大男は、首筋に流れる汗を拭いながら事もなげにそう言った。

「克右は簡単に言うなあ。」
「国王陛下の招聘ですからねぇ。仕方ないじゃないですか。」
「そりゃ、そうだけど。」

ふぅ、とため息をついた黎翔の前髪を汗が伝う。
彼の傍らに置かれた飴色の木刀にちらちらと舞う光が、綺麗に澄んだ紅瞳に映った。

「……。」

王都からの使者を留め置いて、三日。
そろそろ返事をせねばならぬのだが、黎翔はどうにも決心がつかずにいた。

「……僕、いやだよ。王宮になんて行きたくない。辺境軍の皆とずっとここにいたい。」

黎翔は王宮にあまり良い思いを抱いていない。
それは日々彼に剣を教える中で克右もなんとなく察していた。
武術に関して非凡な才を持つ、王弟殿下。
彼の剣の切っ先にこもる気迫は得も言われぬ哀しみを己の力で振り払おうとする強さ。
それは、辺境に遣られた皇子の相手など気が進まぬと思っていた克右や辺境軍の面々を魅了するには十分なもので。
いつしか彼らは黎翔を敬いつつも親しく扱うようになっていた。

「――――まあ、殿下がどこに行っても私がお守りいたしますよ。」

黎翔の不安は、克右や李順のそれと同じ。
敵だらけの王宮に呼び出されて無事に帰れる保証は何もない。
まだ背も伸び切らぬ黎翔を一人で王都に行かせることなど絶対にできない。
行けば自分も死ぬかもしれないと分かっていて、克右はのんびりと笑って見せた。

「たまには王都見物も悪くないですしね。花街にでも繰り出しますか、殿下!」
「っ、花街って、おまえ、」

頬を朱に染めた黎翔が口ごもった瞬間、樹上の枝がガサリと大きな音を立てた。

「誰だっ!」

誰何すると同時に黎翔の手から小刀が飛ぶ。
人とも猿ともつかぬ影はそれを難なく避けて軽々と宙を舞い、音もなく地に足を着けた。

「いいな~、王都の花街。俺も連れてってよ、殿下!」
「浩大か……。」

黎翔は、少しほっとしたように息を吐き。
やや俯き加減で呟く。

「……一緒に行ってくれるか?」
「もちろんですよ、殿下。」
「あたりまえじゃん!」

朗らかに笑う二人に。

「ありがとう。」

黎翔は確かに、そう言った。


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