密約
すごい。
少しの間書かなかっただけで書き方を忘れている。
愕然としている、あさ、です。
こんにちは。
昨日は温かいコメントの数々、ありがとうございました。
これから記事を下げてはしまいますが、コメントは大切に保管させて頂きます。
このSSはタイトルを決めるのに苦労しました。
中身とタイトルが合ってないなと思われた方。
正解です(笑)
それでは、もし宜しければ!
【設定 原作沿い】
《密約》
広大な後宮。
そのほんの一角から、この国は変わっていく。
*
「――――また来ているのか。」
「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。」
ここのところよく見かける五大家の老人たち。
黎翔の目に入るか入らぬかの辺りをうろついてくれて、非常に煩わしい。
「そんなに王宮が懐かしいか?」
じろりと睨み付け、言葉を投げた。
いっそ王宮に住まわせてやろうか。
牢にはまだ空きがある。
「それはもう……先々代の頃よりお仕え申し上げた王宮でございますからな。」
背筋が凍るような狼の視線を浴びせられてもなお怯まない老人たち。
黎翔の傍らに控える李順は彼らの胆力に感心しつつ、主の機嫌が急降下するのを襲い来る頭痛と共に見守った。
この後の政務は、荒れますね――――。
政務室の面々の気息奄々たる様子が目に浮かぶ。
黎翔の機嫌をこれ以上損ねる訳にはいかぬと、李順はごく控えめに口をはさんだ。
「御老方。」
「なんじゃ。」
蔑むような眼で側近を見やる老人は『邪魔をするな』と言わんばかり。
だがこれしきのことを気にするようでは狼陛下の側近など到底務まらぬ。
前時代の重苦しい石頭に付き合う時間など今日の予定にはないのだ。
「陛下はご多忙でいらっしゃいます。昔話をなさりたいならそれに相応しい場所でなさっては?」
三人そろって養老院にでも行かれたらよいのに。
にっこりと微笑んだ李順の辛辣さに老人たちはいきり立つ。
「黙れ小童。」
「青二才が。」
「側近如きが我らに意見するか。」
甦った死人のごとき形相の彼らを前に側近はなおも続けた。
「――――あなた方は『部外者』です。お帰りを。」
「なに?!」
老いさらばえた身体を震わせ怒る御老。
「この王宮に、あなた方の居場所などございません。」
「小僧!」
年長者への敬いなど微塵も感じさせぬ口調が火に油を注ぐ。
涼し気な笑みを浮かべ続ける李順と頭から湯気を出し怒る老人たち。
半歩引いてそのやり取りを見守っている黎翔は楽し気だ。
「陛下っ!このような…っ、我らに対するこのような無礼をお許しになるのか?!」
怒りの矛先が狼へと向いた、瞬間。
「――――無礼、とは?」
今度こそ間違いなく、狼陛下の怒りが彼らを直撃した。
「我が王宮に押しかけ側近を詰ったあげく無礼者、とは笑わせる。」
「っ、」
「先にも言ったが――――耳が遠いようだな、もう一度だけ聞かせてやろう。」
ぞわり。
全身が総毛立ち肌が粟立つ。
「私は話を聞かぬ王ではない。用があればしかるべき手続きを経て我が元へ来い……そして、覚えておけ。」
牙を剥き出しにした狼の気迫が辺りを覆う。
「ここは白陽国の王宮だが、お前たちの知る『王宮』ではない。」
「は…。」
「――――この『私の』王宮だ。」
襲い来る殺気。
腰を抜かし額づく老人たちには目もくれず踵を返す黎翔に。
「へ、陛下っ!」
震えながらも御老は必死に食い下がり、言い募る。
「なんだ。」
「こ、ここは白陽国王宮…っ。いつまでもこのままではいられませんぞ、陛下!」
いつまでも、このままでは――――
「ふ、はは、そうか、そうだな。」
――――いられない。
「確かに、そうだ……はははっ。」
かつて瑠霞姫にも言われたその言葉は、もう。
意味のないものでは無くて。
「お前たちの忠告、しかと受け取った。私も『このまま』でいるつもりは―――もう、ない。」
停滞した『今』を変えるきっかけを与えてくれる。
「……では、御老方。次にお越しの際は周宰相にお話を通してからになさいますよう。」
今度こそ去っていく黎翔の背を見送り、腰を抜かした老人たちに手を貸す李順。
「陛下は少し…変わられたな。」
その耳に届く小さな呟き。
それは。
「そうじゃな。良くも悪くも変わられた。」
「原因はあの妃か。」
機を見ることに長けた老臣たちの。
「辺境育ちの狼王と妖怪妃……。」
「白陽国の王宮に相応しいかどうか……。」
「お手並み拝見、と参ろうか。」
呪いのような、独り言。
「――――御老。」
李順の表情が硬くなる。
それを嘲笑うようにして、彼らは楽し気に去っていく。
「年寄りの独り言じゃ。」
「そうじゃ。目くじらを立てるな、青二才。」
「そのようなことでは長続きせぬぞ。」
ようやく静かになった王宮。
高く澄んだ空の下、黎翔は後宮にほど近い四阿を目指していた。
「陛下!」
「夕鈴、待たせてすまない。」
辺境育ちの狼王と素性不明の妖怪妃。
二人の本当の苦労はこれから。
「今年も桂花の香袋を作ったんですが、お持ちになりますか?」
「うんっ、全部ちょうだい!」
「ダメですよ、みんなに配るんですから。」
「……また、みんなにあげるの?」
「はいっ。今年はたくさん作りましたから、政務室のみんなにも――――」
「それはダメ。」
でも。
他愛のない会話と積み重なる日々が。
「なんでですか?あ、やっぱり妃らしくな――――」
「夕鈴は僕のお嫁さんだから!」
こんな、なんでもない時間の繰り返しが。
きっと。
「夕鈴は全部、僕の!」
「香袋の話ですよ?!」
来る嵐を迎え撃つ力に変わるから。
「ねえ夕鈴、明日もこの時間に、ここで――――。」
「はい、陛下。また明日も、ここで。」
少しでも多くの時を共に過ごす。
それが、二人の約束。
*
広大な王宮の片隅で育まれ繋がっていく確かな絆。
いつまでもこのままではいられない。
いるつもりも、ない。
王と妃のささやかな『密約』が。
――――白陽国に、春を呼ぶ。