2013_03
25
(Mon)22:06

憂日

【設定・未来夫婦・おこさまなし】


《憂日》


柔らかい侍女さんの手が、壊れ物を扱うように私の髪を結う。

鏡に映る自分は、ほんとうに平凡で、嫌になる。

下町にいる頃は、こんなことを考える暇もなかったのに。

鏡なんて、小さな手鏡しか持っていなかったから、ありありと自分が正直に映し出されてしまう、この姿見には閉口する。

・・・・どこまでいっても、私は私で。

それは、陛下の正妃になった今でも、変わらない現実。








後宮の女官は美女ぞろいだ。

しかも、皆が皆、貴族出身だったり、豪商のお嬢様だったり。

_____完全な庶民出身の私が、この後宮の主だなんて、なんの冗談なんだろう。

ああ、だめ。

月に一度の、私が落ち込む日。

今日はどうしても気分が沈む。




「・・・正妃・・・これ、正妃!!」

絞りかけの雑巾を持ったまま、ぼーっと突っ立っていた私は、我に返った。

「・・・ほれ、今日は無理をせずに横になっておれ。冷やすと良くないからのう、身体を温める薬湯を煮てやったぞ?」

「・・・・あ。すみません。老師。」

椅子に座り、薬湯を受け取り、少しずつ頂く。

少し薬の香りがするけれど、心が落ち着く、よい香り。

老師は椅子ごと私をくるむように、暖かな布を掛けてくれた。

「・・・・あのなぁ、正妃よ。」

「はい?」

「普通はの、月のものが重い日は、ゆっくりと休むものではないのか?」

心配顔の老師に、私は無理に微笑んで見せた。

「大丈夫ですよ。下町では、月のものだからって寝てなんかいられませんでしたし。」

老師は顔を顰めて夕鈴を見やる。

「じゃがのう。今のおぬしは、正妃じゃ。・・・自分の身体を大事に扱うことも、正妃の義務じゃぞ?」

「_________大丈夫です。私の取り柄って、一生懸命頑張ること以外、なにもないんですから・・・」

(答えになってないぞ・・・?)

今日の夕鈴には何を言っても無駄だと悟った老師は、ため息と共に言葉を飲み込んだ。






「______お待たせいたしました、陛下。」

「ああ、よく来たな、正妃。愛らしい顔をよく見せてくれ・・・」

政務室で、黎翔はにこやかに夕鈴を迎えた。

だが、夕鈴から返ってきたのは、もの静かな微笑と優雅な挨拶のみ。

(_________どうかしたのかな?)

黎翔は一瞬眉をひそめ、夕鈴に付き従う侍女たちに視線を向けたが、拱手した侍女たちは、いつもとかわらない。

(・・・・あとでゆっくりと聞き出すとするか・・・)

黎翔は夕鈴の手をとり、椅子に座らせ、早々に政務を終わらせるべく、筆を走らせた。




(・・・・・陛下も、侍女さん達の方が綺麗だ、って思われたのかしら・・・)

どうしても、今日は思考が悪いほうへ向う。

陛下に限って、と、頭ではわかっていても、心がついていかない。

(_______ああ、どうしよう・・・泣きそう・・・)

自分でも制御できない涙が視界を曇らせ始め、夕鈴は慌てて扇で顔を隠した。

かざした扇の陰で、うつむく夕鈴の頬に、つうっと涙が伝う。

(私、ばかみたい・・・・)

自分の情けなさに、夕鈴はさらに涙を溢れさせた。





__________今日の夕鈴は、元気がない。

黎翔は気が気でない。

そして、夕鈴の様子と同じくらい気になるのは、官吏達の視線。

憂いを帯びた表情で椅子に座る正妃の佇まいに、官吏達の視線が集まる。

_________お美しい。

声なき声と、感嘆のため息が黎翔の耳に届く。

ギロリと睨みつけ、夕鈴に集中する視線を外させるが、数分もするとまた、夕鈴へ視線が集まるのを感じるのだ。

_______くそっ。

黎翔は、一刻も早く政務を終わらせるべく、必死に書簡を片付け始めた。



一刻後。

黎翔の殺気だった仕事振りに疲弊した官吏達は、ようやく解放され、ふらふらと退室し、政務室には黎翔と夕鈴だけが残された。

扇で顔を隠したままの夕鈴は、休憩に入ったことにも気付かないのだろう。
じっと、椅子に座ったまま、顔を伏せている。

「_____夕鈴。」

黎翔はそっと妻の肩に手を置いて、扇を外し。

「__________へい、か・・・」

真珠のような涙をぽろぽろと流し、夕鈴は黎翔を見上げた。



「________っ!」

黎翔は、夕鈴の涙に、思わず息を呑み、儚い花のような風情に、一瞬固まった。

そんな黎翔を見て、夕鈴はふいっと顔を背けた。

「ご、ごめんなさいっ!みっともない顔をお見せして・・・!」

慌てて頬を拭い、立ち上がろうとした夕鈴を______黎翔が掬う様に抱き上げた。


「っ!」

驚き固まる夕鈴に、黎翔はそっと頬を寄せる。

「無理しないで。今日はゆっくりと休もう?・・・・僕の大事なお嫁さん。今日の政務はもう終わったから、僕と一緒に、ゆっくり寝台でやすもうね。」

「・・・あ・・・」

絶句する夕鈴に、黎翔はさらに告げる。

「こんなに綺麗な君を、これ以上官吏達の目に触れさせるのは・・・・僕が持たないんだ。だから・・・・今日はもう、休もう。」

夕鈴を揺らさないように、ゆっくりと歩を進めながら、黎翔はいつもより体温の高い夕鈴を抱きしめる。

「・・・・陛下。」

「ん?なあに?」

「・・・あの・・・・私、綺麗、ですか?」

ぴたり、と黎翔の足が止まり、夕鈴は俯いた。

「す、すみません!変なことを!忘れてください!!」

慌てだした夕鈴の唇を、黎翔は咄嗟に塞ぎ_______にこりと笑いかけた。

「君が綺麗でなければ、他の誰が綺麗だと言うんだ?」

そっと、重大な秘密を明かすように、夕鈴の耳に囁かれた言葉。

________誰に言われるよりも嬉しい、愛しい夫からの賛辞。


夕鈴は今日一日の憂いが、すうっと消えていくのを感じ。

後宮に着く頃には、安らかな眠りに落ちていたのだった。


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