高嶺の花3
まだもう少し続きます。
【設定 臨時花嫁】
《高嶺の花 3》
「……それでは、僕はこれで。」
「待てっ、帰るな水月!」
冷え切った空気で満たされた政務室。
真っ青な顔でそこから逃げ出した水月を、方淵が追う。
「お妃様がいらっしゃらないと、陛下は本当に恐ろしいね。」
「だからと言って、帰るな。」
「お風邪を召されたらしいけど……早く良くなって頂きたいよ。」
ぶるっと身を震わせる、水月。
「―――そうだな。」
ふたりは深々とため息をついた。
*
「李順、いい加減にしろ。」
「何を、でしょうか。」
ぱきっと筆が折れる。
すかさず差し出される新しいそれをひったくり、黎翔は書簡に向かう。
「探し物の件でしたら、手を尽くしております。」
人払いを済ませた、政務室。
黎翔は苛立ちを隠さずに次の書簡を手に取った。
「もう十日経つんだぞ?!」
「そうですね。そろそろ新しい娘を雇わねばなりませんか……。」
当たり前のように言う、李順。
「なん、だと?」
「陛下。何のための『臨時花嫁』か、お忘れですか?」
ぐしゃっ、と書簡が握り潰され黎翔の奥歯が軋んだ。
だが李順はひるまない。
「夕鈴殿の探索は引き続き行います、が。このまま妃不在を隠し続けるわけにも参りません。新しい『臨時花嫁』を雇いましょう。」
「李順、貴様……夕鈴を見捨てる気か。」
「違います。彼女の行方は引き続き全力で探します。ただ、『臨時花嫁』役の娘が入れ替わる、それだけです。」
「……。」
「何か不都合がございますか、陛下。」
「――――っ!」
ガタン!
と、激しい音を立てて椅子が倒れ。
鈍い音がして、李順の身体が壁に押し付けられる。
「痛っ……なにをなさいます。」
「いいか、よく聞け、李順。」
眼鏡を透して見えるのは、苦しげに歪む主の顔。
もう手遅れだったのだと、理解する。
「彼女以外を、後宮に入れるな。」
「それは、どういう……」
理解しかねると言った表情を浮かべ、眉をひそめて見せる。
「妃は、彼女―――『汀夕鈴』ひとりだけだ。他は要らない。」
「陛下、彼女は『臨時』ですよ?」
「そう思っているのはお前だけだ。」
――――そう思っていないのは、陛下だけです。
とはさすがに言えず。
李順は外れかけていた眼鏡をかけなおし、今度は盛大に嫌味を込めてため息を吐いた。
「はぁ~……。まったくもう、仕方ないですね。今日の政務はこれまでに致しましょう。」
「ほんと?」
ぱっと黎翔の表情が変わる。
「夕鈴殿がどこにいるか、だいたいのことは分かっております。但し、下手を打つと彼女の命が危ないので様子を見ている状態です。」
「どこだ。」
「浩大に案内させます。警備がかなり厳しいですから、どうかお気をつけて――――と、もういらっしゃらない。」
あっという間に姿を消した黎翔。
やれやれと呟いて。
李順は皺になった書簡を巻き戻す。
「家柄、教養、容姿……どれをとっても相応しいとは言いがたいんですが、ね。」
黎翔のあの様子では彼女以外の妃を迎えるなど、到底無理。
それがたとえ『臨時』であろうがなかろうが、だ。
「戻られたら、お妃教育をさらに強化するとしましょうか。」
綺麗に整理された書簡を満足げに見つめて、李順は政務室を後にした。
【設定 臨時花嫁】
《高嶺の花 3》
「……それでは、僕はこれで。」
「待てっ、帰るな水月!」
冷え切った空気で満たされた政務室。
真っ青な顔でそこから逃げ出した水月を、方淵が追う。
「お妃様がいらっしゃらないと、陛下は本当に恐ろしいね。」
「だからと言って、帰るな。」
「お風邪を召されたらしいけど……早く良くなって頂きたいよ。」
ぶるっと身を震わせる、水月。
「―――そうだな。」
ふたりは深々とため息をついた。
*
「李順、いい加減にしろ。」
「何を、でしょうか。」
ぱきっと筆が折れる。
すかさず差し出される新しいそれをひったくり、黎翔は書簡に向かう。
「探し物の件でしたら、手を尽くしております。」
人払いを済ませた、政務室。
黎翔は苛立ちを隠さずに次の書簡を手に取った。
「もう十日経つんだぞ?!」
「そうですね。そろそろ新しい娘を雇わねばなりませんか……。」
当たり前のように言う、李順。
「なん、だと?」
「陛下。何のための『臨時花嫁』か、お忘れですか?」
ぐしゃっ、と書簡が握り潰され黎翔の奥歯が軋んだ。
だが李順はひるまない。
「夕鈴殿の探索は引き続き行います、が。このまま妃不在を隠し続けるわけにも参りません。新しい『臨時花嫁』を雇いましょう。」
「李順、貴様……夕鈴を見捨てる気か。」
「違います。彼女の行方は引き続き全力で探します。ただ、『臨時花嫁』役の娘が入れ替わる、それだけです。」
「……。」
「何か不都合がございますか、陛下。」
「――――っ!」
ガタン!
と、激しい音を立てて椅子が倒れ。
鈍い音がして、李順の身体が壁に押し付けられる。
「痛っ……なにをなさいます。」
「いいか、よく聞け、李順。」
眼鏡を透して見えるのは、苦しげに歪む主の顔。
もう手遅れだったのだと、理解する。
「彼女以外を、後宮に入れるな。」
「それは、どういう……」
理解しかねると言った表情を浮かべ、眉をひそめて見せる。
「妃は、彼女―――『汀夕鈴』ひとりだけだ。他は要らない。」
「陛下、彼女は『臨時』ですよ?」
「そう思っているのはお前だけだ。」
――――そう思っていないのは、陛下だけです。
とはさすがに言えず。
李順は外れかけていた眼鏡をかけなおし、今度は盛大に嫌味を込めてため息を吐いた。
「はぁ~……。まったくもう、仕方ないですね。今日の政務はこれまでに致しましょう。」
「ほんと?」
ぱっと黎翔の表情が変わる。
「夕鈴殿がどこにいるか、だいたいのことは分かっております。但し、下手を打つと彼女の命が危ないので様子を見ている状態です。」
「どこだ。」
「浩大に案内させます。警備がかなり厳しいですから、どうかお気をつけて――――と、もういらっしゃらない。」
あっという間に姿を消した黎翔。
やれやれと呟いて。
李順は皺になった書簡を巻き戻す。
「家柄、教養、容姿……どれをとっても相応しいとは言いがたいんですが、ね。」
黎翔のあの様子では彼女以外の妃を迎えるなど、到底無理。
それがたとえ『臨時』であろうがなかろうが、だ。
「戻られたら、お妃教育をさらに強化するとしましょうか。」
綺麗に整理された書簡を満足げに見つめて、李順は政務室を後にした。