2016_02
07
(Sun)14:10

高嶺の花3

まだもう少し続きます。




【設定 臨時花嫁】
《高嶺の花 3》


「……それでは、僕はこれで。」
「待てっ、帰るな水月!」

冷え切った空気で満たされた政務室。
真っ青な顔でそこから逃げ出した水月を、方淵が追う。

「お妃様がいらっしゃらないと、陛下は本当に恐ろしいね。」
「だからと言って、帰るな。」
「お風邪を召されたらしいけど……早く良くなって頂きたいよ。」

ぶるっと身を震わせる、水月。

「―――そうだな。」

ふたりは深々とため息をついた。





「李順、いい加減にしろ。」
「何を、でしょうか。」

ぱきっと筆が折れる。
すかさず差し出される新しいそれをひったくり、黎翔は書簡に向かう。

「探し物の件でしたら、手を尽くしております。」

人払いを済ませた、政務室。
黎翔は苛立ちを隠さずに次の書簡を手に取った。

「もう十日経つんだぞ?!」
「そうですね。そろそろ新しい娘を雇わねばなりませんか……。」

当たり前のように言う、李順。

「なん、だと?」
「陛下。何のための『臨時花嫁』か、お忘れですか?」

ぐしゃっ、と書簡が握り潰され黎翔の奥歯が軋んだ。
だが李順はひるまない。

「夕鈴殿の探索は引き続き行います、が。このまま妃不在を隠し続けるわけにも参りません。新しい『臨時花嫁』を雇いましょう。」
「李順、貴様……夕鈴を見捨てる気か。」
「違います。彼女の行方は引き続き全力で探します。ただ、『臨時花嫁』役の娘が入れ替わる、それだけです。」
「……。」
「何か不都合がございますか、陛下。」
「――――っ!」

ガタン!
と、激しい音を立てて椅子が倒れ。
鈍い音がして、李順の身体が壁に押し付けられる。

「痛っ……なにをなさいます。」
「いいか、よく聞け、李順。」

眼鏡を透して見えるのは、苦しげに歪む主の顔。
もう手遅れだったのだと、理解する。

「彼女以外を、後宮に入れるな。」
「それは、どういう……」

理解しかねると言った表情を浮かべ、眉をひそめて見せる。

「妃は、彼女―――『汀夕鈴』ひとりだけだ。他は要らない。」
「陛下、彼女は『臨時』ですよ?」
「そう思っているのはお前だけだ。」

――――そう思っていないのは、陛下だけです。

とはさすがに言えず。
李順は外れかけていた眼鏡をかけなおし、今度は盛大に嫌味を込めてため息を吐いた。

「はぁ~……。まったくもう、仕方ないですね。今日の政務はこれまでに致しましょう。」
「ほんと?」

ぱっと黎翔の表情が変わる。

「夕鈴殿がどこにいるか、だいたいのことは分かっております。但し、下手を打つと彼女の命が危ないので様子を見ている状態です。」
「どこだ。」
「浩大に案内させます。警備がかなり厳しいですから、どうかお気をつけて――――と、もういらっしゃらない。」

あっという間に姿を消した黎翔。
やれやれと呟いて。
李順は皺になった書簡を巻き戻す。

「家柄、教養、容姿……どれをとっても相応しいとは言いがたいんですが、ね。」

黎翔のあの様子では彼女以外の妃を迎えるなど、到底無理。
それがたとえ『臨時』であろうがなかろうが、だ。

「戻られたら、お妃教育をさらに強化するとしましょうか。」

綺麗に整理された書簡を満足げに見つめて、李順は政務室を後にした。


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