2015_08
19
(Wed)16:08

おやすみ


こちらも、白陽国SNS地区にてUPしていたものです。
うーん。
やはり自分のSSを読み返すのは苦行ですね。(笑)



【設定 本誌ネタバレ&妄想SS】
《おやすみ》


おばばさまの小間使いをしていた、下町でも。
陛下と一緒に行った壬州でも、耳にした。

狼陛下と後宮の悪女の噂話。

あの韋良っていう闇商人が広めた悪評だっていうことは分かっているけど、だからといって一度広まった噂は消すことなどできない。
きっと下町の皆や雨宣の人々、いえ。
この国の民の大半は、まだ狼陛下とその妃を信じては、いない。
だから。

「お仕事頑張って下さいね、陛下。私もお妃修業頑張ります!」
「まだお仕事が残ってらっしゃるんでしょう?私は大丈夫ですから今日は王宮に詰めてらして下さいね。」

臨時花嫁だった頃とは違う、私。
噂に対して怒るばかりではなく、それを打ち消すべく、ひとつずつ。
誠実に日々を積み重ねていくことで噂を噂として流して行けるよう、努めなきゃいけない。

「夕鈴は本当に真面目だね……。」

ぺしょん、と垂れる小犬の耳にも惑わされちゃいけない。

「新婚なんだから、誰も文句言わないよ?僕王様だし。」
「だからこそ、ですっ!」
「むう。」

胸がどきどきする目つきで迫ってくる狼からも、逃げなくちゃいけない。

「文句言われなきゃいいって問題じゃありませんっ。」
「……どうしても?」

ああ、もうっ。
私だって、本当は。
ずっと貴方とこうしていたい。
独りで眠る夜は寂しいし、独りで目覚める朝はもっと寂しい。
ひとりぼっちで食べる夕餉は美味しくないし、朝餉はもっと美味しくない。
私が知っている当たり前の夫婦の形と、ここでのそれはまるで違う。
分かってはいても、寂しくてたまらなくなって。
泣きたい時だって、ある。
でも、それでも。
狼陛下の花嫁になる覚悟を決めたからには。

「花嫁のいう事を聞いて下さい…ね?陛下。」
「っ。」

貴方のために出来ることを、精一杯。

―――――そう、思ってきたけど。

「……やっぱり、さみしい。」

深夜、後宮。
狼陛下の唯一の妃の寝台から漏れ聞こえる溜め息に、浩大はくすりと笑った。

「だったらさ、追い返さなきゃよかったじゃん。」
「浩大。」

ぷらん、と天井から逆さに顔を出してそう言う隠密に、夕鈴は少し俯いた。

「だって、難しい外交問題がどうの、って…李順さんが言ってたのを聞いたから。」

今日の昼過ぎ。
なかなか戻らぬ国王を四阿に迎えに来た側近の言葉を思い出し、浩大は苦笑いを浮かべた。

「気にしすぎだって、お妃ちゃん。陛下が忙しいのは普通の事なんだぜ?」
「……。」
「賢妻を目指すのもいいけど、陛下は王様なんだから。たまにはわがまま言って引き止めるくらいの事しなきゃ、そのうち来なくなっちゃうよ?」
「え。」
「陛下の身体が空くのを待ってたら、おばあちゃんになっちゃうってこと。」
「ええっ!」

飛び起きた夕鈴。
浩大は真面目な顔で妃を見つめ、続ける。

「王様の仕事ってのはさ、朝起きてから眠るまで…いや、寝てる間もずっと『王様』なんだぜ?」
「で、でも。陛下はちゃんとお仕事が終わってから後宮に戻って来るじゃない。」

『ただいま夕鈴』って。
狼じゃない、小犬の笑顔で。

「いやいや、それはそうだけどさ。そうじゃないんだよ。」

訳の分からぬ答え。

「……どういうこと?」
「あー、ちょっと品のない話なんだけどさ。」

言いにくそうに言葉を濁しながら、浩大は噛んで含めるように説明を始めた。

つまり。
王にとって後宮に渡るという事は、公務。
多くの子を成すのも王の大切な務めゆえに、王は後宮に数多の妃を住まわせ、足繁く通う。
王にとって妃を抱くことが務めであるのと同じ理屈で、妃にとって王を引き止めるのは『仕事』なのだ。
だから、後宮に帰ってきてもそれは仕事が終わったから帰宅した、という事ではなく。
後宮での仕事を処理する順番が来たから後宮に渡った、という事でしかない。

「だから、さ。『自分のことは後回しにしていいですよ』だなんてお人好しな事ばっか言ってると、陛下を他の『仕事』に取られちまうぜ?王様に仕事を持ち込んでくるやつらは山ほどいるんだから。」
「……。」

しまった、言い過ぎた。
浩大がそう悟った時にはもう遅い。
下を向いてしまった夕鈴の表情は窺い知れず、醸し出す雰囲気は尋常ではなかった。

「あの……お妃、ちゃん?誤解のない様に言っておきますが、これは決して陛下がお妃ちゃんのとこに来るのを『仕事』だと思っていると言うことではなく、」
「分かってるわ、大丈夫。」

隠密の言葉を遮るように呟いた夕鈴の声は、低く。

「ありがとう。今日はもう寝るわね、おやすみなさい。」
「……おやすみ。」

一抹の不安を胸に、浩大は深夜の来客に備えて気配を消した。



翌日、夕刻。
官吏達の屍を背に神速で政務を片付けた黎翔は、飛ぶように後宮へ戻る。
目指すは愛しい妃の部屋。
忌まわしい思い出しかなかったこの場所も、夕鈴が住まう様になってからはそうではなくなった。
日没と同時に灯される灯りが黎翔を出迎える。
狼陛下はこれ以上なく優しい微笑を頬に浮かべて、見慣れた扉を押した。

「ただいま、夕鈴!」
「おかえりなさませ、陛下。」

パタパタと可愛らしい足音。
いつにも増して愛らしい笑顔で、夕鈴が飛び込んでくる。

「陛下っ!」

ぎゅっ、と抱き付かれて面食らったが、侍女たちの手前何事もない風を装って妃を抱き締めた。
恥ずかしがり屋の夕鈴からの抱擁。
理由は分からぬが僥倖であることには違いない。
黎翔は大人しく天からの恵みを受け止めることにした。

「どうした、夕鈴。」
「あの、陛下。少しだけお休みを頂いても宜しいですか?」
「え。」

すうっと血が下がり、奈落の底に落ちて行く。
予想外過ぎるよ、夕鈴。
休み、って。
なに?
まさか。

「ゆ、夕鈴っ、どこかに行くの?!里帰りなら僕も一緒に行―――っ!」

ちゅっ、と甘い音がして。
自分の唇に花びらのようなそれが重ねられたのを信じられない気持ちで認識する。
思考停止に陥った黎翔に礼を取りつつ下がる侍女たち。
灯りが落とされ、扉が閉まる。

「二人きりの時は、『陛下』も『妃』も……お休み、しましょう?」
「おやすみ?」
「はい。お仕事、おやすみしましょう?」

しっとりと濡れた唇が艶やかに弧を描く。
どちらからともなく、嬉しげに。

「私と一緒にいる時くらい、『狼陛下』をお休みして下さいね、陛下。」
「僕と一緒にいる時くらいは、『お妃様』じゃない夕鈴でいてね。」

囁き合って、また重なる。

「私、本当は……陛下とずっとこうしていたい。」
「うん、僕も。」
「でも、ダメですからねっ。」
「……はい。」

触れる肌と絡まる吐息。
二人きりの夜が更け、明けていく。

色んなことがあるけれど。
少しずつ前に進めばいい。
休みながら、少しずつ少しずつ。
ゆっくりと。


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C.O.M.M.E.N.T

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