巡り巡る 5
このSSでの初夜は陛下が時間の感覚を失ってしまったので後朝が存在しないのですが。
それっぽいのを書こうとしたら話がものすごく逸れました。
何でも大丈夫な方のみお進み下さいませ。
おかしくてすいません。
《巡り巡る5》
春を迎えた白陽国。
待ち侘びた季節の到来に活気づく人々の表情は一様に明るい。
「……ねえ、李順。」
「どうなさいました。」
「夕鈴がね…。」
唯一人、国王陛下を除いては。
*
「お妃様と喧嘩でも?」
訝しげな李順。
それはそうだろう。
黎翔は夕鈴が入宮して以来、夜はずっと彼女の宮殿に籠りきりだ。
仲睦まじい新婚夫婦そのものに見える。
「そうじゃないんだ。」
執務机にぐたーっと突っ伏す黎翔の脇には未処理の書簡が山積みだ。
「では何だと言うのです。」
煮えきらない返事に、李順の眉が寄る。
そんな事より手を動かせと言わんばかりの表情だ。
黎翔は顔だけをこちらに向けて、はあーっとため息をついた。
動いた拍子に触れた書簡が転がり落ちて床を走る。
「…夕鈴が可愛すぎるのが悪いんだ。」
「はあそうですか。陛下書簡が落ちました。」
くるりと後ろを向いた李順。
再度深くため息をついた黎翔は、ぼそぼそと語り出した。
*
あれはそう、三日前から。
「お帰りなさいませ、陛下。」
「ただいま夕鈴!」
本当の夫婦になってもうすぐひと月。
いかにも待ち侘びたといった様子で僕を出迎えてくれる夕鈴に頬が緩む。
「もう湯殿をつかったの?」
「…っ、はい。お嫌でしたか?」
少し残念そうな僕を見て、夕鈴の頬が染まる。
君の香りが大好きな僕。
香の元を執拗に探られる夕鈴の可愛らしい喘ぎ声が脳裏を過って体が熱くなった。
「嫌じゃないよ。湯上りの夕鈴の新鮮な香も大好きなんだ。」
「新鮮…って!私は食べ物じゃありませんよ?!」
「私にとっては何よりの馳走だが?」
真面目な顔でそう言うと、夕鈴が後退った。
逃がさず、腰を引き寄せる。
「熟れた桃よりも甘い頬と、柔らかな耳朶と…」
「へ、へいかっ。」
ぺろりと頬を舐める。
やはり甘い。
「喰らい付きたくなるほど白い首筋と、吸い付きたくなるふくよかな胸と…。」
「ぁ、っ」
ちゅっと音を立てて首筋に華を咲かせる。
小さく上がる声に反応して自身が天を向くのが分かる。
「どんな美酒よりも私を酔わせる蜜と…。」
ぐっと脚を押し込み、夕鈴の膝を割る。
柔らかな太腿に自身を擦り付けると、夕鈴がビクッと動きを止めた。
「溺れるほど美味な、君の…」
「ま、待って陛下。」
押し込んだ脚を秘所に押し付けて待ちきれない意思を表すと、夕鈴がぐっと胸を押し返した。
性急だったか。
まだ閨に慣れぬ夕鈴に無理強いはしたくない。
初夜を三日続けた後の彼女の疲労困憊ぶりに深く反省したのを思い出した。
「ごめんね、待ちきれなくて。」
「待ち・・・っ!」
ぽふっと湯気を上げた夕鈴の額に口付けを落として。
「…お茶、淹れてくれる?」
「はい…陛下。」
ふわっと笑う夕鈴に、首を擡げた自身がびくんと反応するのを全力で無視した。
大丈夫、焦らずとも夕鈴は逃げない。
ゆっくり時間をかけて味わえばいいんだ!
*
「…で。何が問題なんですか。」
「もう可愛くてさあっ、出来るなら一日中抱いていたいって言うか!」
「先日三日ぶっ通しで酷く後悔なさってお出ででしたが。」
「それでね。」
まったく人の話を聞かない国王。
側近はそっと胃を抑えて続きを待った。
*
「変わったお茶だね。」
「はい、お休み前に召し上がるとぐっすり眠れるんですって。」
茶色の香ばしいそれは、どこかほっとする香り。
夕鈴が両手で包むようにして渡してくれたからだろうか。
「ふぅ、落ち着くねえ。」
「ふふっ。」
空になった茶杯を黎翔の手から取り上げて。
夕鈴は夫の後ろに回り込む。
「?」
「ちょっと失礼しますね。」
肩に布がかけられて、夕鈴の手が肩を摩り始めた。
「一度やってみたかったんです。お妃様がすることじゃないのかもしれませんけどね。」
くすっと笑いながらも夕鈴の手は止まらない。
「結構得意なんですよ、私。」
「うん…気持ちいいよ。」
本当に上手い。
夕鈴の手の温かさと柔らかさ。
絶妙な力加減がうっとりするほど心地よい。
どれほどそうしていたろう。
「…か、へいか。」
「ん…。」
「さ、こちらで横になりましょうね。」
「う、ん…ゆーりんも、」
「はい、すぐに参ります。」
*
「……で?」
「『で?』じゃないよ李順。僕、毎晩夕鈴に寝かしつけられちゃって困ってるんだ。」
「まさかとは存じますが、陛下のお悩みとは。」
「『可愛いお嫁さんのマッサージが気持ち良過ぎて寝ちゃうから抱けない。』ってこと。」
「春ボケですね。」
「なんか言った?」
「いえ。」
目を瞑ってこめかみを抑える李順と、にこにこ顔の黎翔。
ややあって。
李順は小さく咳払いをし、居住まいを正した。
「申し上げます、陛下。」
「ん?」
「反則技ではございますが、この際です。」
「反則?」
「お耳を。」
首を傾げる国王。
その耳元で側近は小さく囁く。
「夜がダメなら朝。」
「でも朝は夕鈴がすやすや寝て、」
「寝起きの香りは格別らしいですよ、陛下。」
「……ほう。」
きらりっと輝く紅い瞳。
おもむろに起き上った黎翔の手には筆。
李順はすかさず書簡を広げる。
「全ては素晴らしい朝のために。」
「ああ、出来るだけ片付けるとしよう。」
珀黎翔21歳。
目下の悩みはお嫁さんが可愛すぎる事。
白陽国の春の日々は今日も平和に過ぎていく。