2014_09
24
(Wed)16:23

幸せの確認2

没原稿ですので、出し惜しみなどせず一気にUP!!
先ほど一気にアップすればよかったのですが、誤字脱字を発見したので直しておりました。
でもまだあるかも、誤字脱字重複表現その他諸々。
くすくす。


決して自棄になっているわけではありませんよ?

ふっ。



少々長文です。
長すぎて読めない場合はコメント欄でお知らせくださいませ。
分割しますっ。
【設定未来夫婦お子様なし】
《幸せの確認2》




「・・・うっ、あ・・・」
ずきん、と頭が痛む。ううん、頭だけじゃない。体中が痛くて、重くて、動かない。
――――ここは、どこだろう。
痛む頭を動かして、辺りを見回すと。
「だめだよ、動いちゃ。」
 どこかで聞いたことのある声がした。
「目が覚めてよかった。」
ほっとしたような声で、金茶の瞳が私を覗き込む。明るく笑うその顔と焦げ茶の短い髪に見覚えがあるような気がするけれど。
「あの、ここはどこですか?」
とりあえず知りたいことは、それ。
「私、どうしちゃったのかしら。」
 霞みがかったような頭では、いくら考えても。
「おきさき、ちゃん・・・?」
「それが、私の名前?」
 自分の名前さえ、よく分からなかった。



「俺はお前のお兄ちゃんで、お前の名前は夕花。」
 怪我のせいだろう。記憶が飛んでしまっているお妃ちゃんがこれ以上混乱しないよう、分かり易い記憶を宛がう。
「覚えてないと思うけど、乗っていた馬車が崖から落ちてさ。体を酷く打ったんだ。」
「馬車が、崖から?」
 ことん、と小首を傾げ、お妃ちゃんは素直に頷く。
「そっか、だからこんなに体が痛いのね。」
「どこが痛い?」
「背中と、頭かな。お兄ちゃんは大丈夫なの?どこか痛いとこ、ない?」
 急に心配そうな顔になったお妃ちゃんの手が、俺の頬や胸を探り始めて。
「だ、大丈夫!」
 柄にもなく狼狽えた。
陛下、今の無し。不可抗力だからな?
「そうなの?よかった!」
「あ、ああ。」
 俺に向けられた邪気のない笑顔。安心しきったそれが、俺の守るべき全て。
だからさっきのは無し、な?陛下。
 ちゃんと分かってるから、さ。
「・・・・ふう。」
 軽く息を吐いた浩大は、にぱっと笑い。
「さあ、動けるか?」
「う、うん・・・大丈夫。」
 よろめきつつ立ち上がった夕鈴を背に負い歩き出した。
「ちょっと辛いかもしれないけど、頑張れるか?」
「うん、大丈夫よ。」
 努めて明るく答える夕鈴の手足は感覚を失うほどに痺れ。その冷ややかな感触が、浩大を焦らせる。
「山道を抜けたら街道に出る。そしたら馬車を拾えるから、頑張れ。」
「うん、分かった、キガク。」
「っ?!」
「あ、れ?」
 不意に口をついて出た誰かの名前。
「え?キガクって、だれ?」
 混乱する夕鈴の体が強張るのが背中越しに伝わる。
「ほら、幼馴染の名前だよ。怪我をしたときに記憶が飛ぶのはよくあることだ。すぐに元に戻る。」
「・・・よくあること、なの?」
「ああ!お兄ちゃんを信じてないのか?」
 おどけて背を揺らしてやると、朗らかな笑い声。
「あはは、危ないお兄ちゃん!」
「お、元気出たな、よし行くぞ!」
「うん!」
「でも、無理すんなよ。痛かったらすぐ言えよ?」
「わかった!」
 軋む体に力を入れ、浩大は夕鈴を担ぎ直し。
――――肋骨と、鎖骨、だな。
恐らくは折れているだろう自らのそこに負荷をかけぬよう態勢を改め。
「・・・よっ!」
 急峻な崖を猿のように登り始めた。







 夕鈴を正妃に迎え、早一年。瞬くように時が過ぎ、穏やかな日々が繰り返されて。

―――――お帰りなさい、陛下。

 君がそばにいてくれる事が当たり前になっていて。
人は簡単に消えてしまう。そんな事すらも、忘れてしまっていた。
 宰相から勧められた今回の休暇旅行。遠慮がちに瞳を輝かせた夕鈴が可愛らしくて、素直に容れた。
『陛下とゆっくり過ごすの、夫婦になって初めてですね。』
 あれこれと旅行の支度を整える夕鈴の弾んだ声が蘇る。
「夕鈴。」
 手の中の簪。母の形見のそれは、婚儀の夜に夕鈴に託したもの。それを挿して馬車に乗った君の心は、如何ばかりだったか。
 多岐にわたる正妃の務め。陰に陽に王を助け、国交のある国々との窓口にもなる、それ。李順が感心するほどに君は熱心に取り組み、柳や氾ですら、君に敬意を払うまでになった。

 それなのに。私は。
何をした?

 日々彼女を抱く喜びに我を忘れ。労わりもせず己の悦びに溺れ。彼女から与えられる幸せを享受し、それに慣れ。失って漸くその大切さに気付く始末。
 夕鈴はいつも、僕の事を第一に考えてくれていたのに。
『お帰りなさい、陛下。』
『お疲れでしょう?』
 そう言って、いつも、いつも。僕の為に―――――――

 ダンッ!

「陛下!お手がっ。」
「構うなっ!」
 石柱に打ち付けられた黎翔の拳から血が伝い。噛み締めた奥歯がギリギリと嫌な音を立てる。
「李順、私を殴れ。」
「不敬罪はごめんです。」
 にべもなく断る李順。

ダンッ!

 鈍い音を立て再度打ち付けられた黎翔の拳から血が飛んだ。
「お止め下さい、陛下。それ以上なさると剣が握れなくなります。」
「うるさいっ!」
「正妃様探索に必要な戦力を欠く訳には参りませんので、それくらいになさって下さい。」
 再び柱へと向かう黎翔の腕。それを捻りあげた李順は間髪を入れず壁に身体を押し付け、主の動きを封じた。
「っ、『不敬罪はごめん』なのではないのか?」
「側近として必要な処置です。不敬には当たりません。」
 冷ややかなまでに静かな声が黎翔の頭の血を下げた。
「・・・すまなかった。」
「いいえ。それよりも・・・これからどうなさいますか、陛下。」
 ようやく解放された腕を少し摩りながら、黎翔は宙をにらみ。李順はその横顔をじっと見つめる。
 回廊を抜ける風が艶のある黒髪を嬲り、眩い光が少し癖のある長い髪を弄ぶ。黎翔は嫌そうに眉を顰めた。
「氾を、再度呼び出せ。」
「御意に。」
「浩大が付いていながらまだ連絡がないという事は、相当事態が深刻だという事だ。」
「ええ、そうですね・・・。」
「使える物は何でも使うぞ。」
「承知致しました。」

―――夕鈴。
 手の中の簪に口付け、黎翔は氾が控える部屋に向かう。
「三日の内に正妃を見つけよ。処罰はその後に決定する。」
 狼陛下にあるまじき寛大な処置に叩頭した氾一族は、手の者全てを正妃探索に向かわせた。
 








「私もう歩けるわ、お兄ちゃん。」
 崖を登り切り街道に向かって歩く道すがら、夕鈴は堪らず声をかけた。
「大人しく負ぶわれておけよ、怪我してんだから。」
「お兄ちゃんだってどこか怪我してるでしょ?」
 急に口数が減った浩大。荒い息と伝う汗が尋常ではなく、痛みを堪えているのは明白だった。
「夕花ほどの、怪我じゃねえ。」
「嘘。すごく痛そうなのに。」
 心配そうな夕鈴の声を無視して、浩大は感覚を研ぎ澄ませ周囲を伺う。

襲撃者の狙いは、お妃ちゃん。崖から落ちた程度でお妃ちゃんが死んだと思うほどおめでたい輩じゃなさそうだった。
 背に負ったお妃ちゃんは正妃の衣装を纏ったまま。俺の衣装も見るからに普通とは違う。俺たちは、目立ち過ぎる。なんでもいい。荷馬車でもなんでもいいから、身を隠したまま離宮まで。
「・・・って、そう上手く行くわけ、ないか。」
 最悪だ。
 ざりっ、と嫌な音がして周囲の空気の色が変わり。
「夕花。降りて、走れ。」
「お兄ちゃん、は?」
 いつの間にか湧いて出た二つの黒い影が迫る。
「俺は、いい。」
「いやっ。」
 ギンッ、と金属が打ち合う音がして。
「行けっ!」
 振り絞るような浩大の声が、無人の街道を走り抜ける。
「い、いや・・・」
 混乱の極みで夕鈴は必死に考えを巡らせるが、思考も身体も止まったまま、一向に動いてはくれなかった。

―――これは、何?
眼前で繰り広げられる戦いを見慣れた物と感じる自分も、目をぎらつかせた影が自分を狙う訳も。
「たすけて・・・」
 見覚えのある長い鞭も、軽業を駆使して敵を倒す『兄』の姿も。その隣にあるべき長身の誰かを探す自分も。
 その全てが、分かりそうで分からない。
「・・・へい、」 
「逃げろーーーーっ!」
 両手で頭を抱えひたすらに惑う夕鈴の背を、浩大の声が押し。夕鈴は訳も分からず走り出した。街道から外れた山の中を、独りで。


叩きつけるように降り始めた雨が黒づくめの骸を打ち。一瞬濃くなった血の匂いが洗い流される。
「・・・っ、どこ、だ・・・おきさき、ちゃ・・・・」
よろめく身体を引き摺りながら、浩大は深い森の奥へと分け入り妃の痕跡を探す。
「っ、血、出すぎ。」
 苦笑して止血するが、如何せん傷が多い。視界が霞み、脚に力が入らなくなるのが分かる。
「時間、ねえな。」
自分が力尽きる前に何か手がかりを残さなければ、黎翔は妃を探せない。いや、探せたとしても時間がかかり過ぎて手遅れになるだろう。
「お妃、ちゃん。」 
打撲で混乱した記憶。背と腰を強く打ったせいで血の巡りが悪く、手足も痺れていた夕鈴。この険しい山の中、雨まで降って、生き延びられるのはせいぜい三日。やみくもに走り回ってまた崖から落ちでもしたら、一貫の終わりだ。
 焦る浩大を嘲笑うように、降りしきる雨は匂いを消し去り足跡を流す。
「く・・・そっ!」
 天を見上げた浩大の視界がぐらりと歪み。真っ暗になった。



「・・・寒い。」
 ふらつく体をどうにか支え縺れる足を動かして、逃げる。夢中で進むうちに、背後に聞こえていた金属音はいつの間にか遠くなり。聞こえるのは木々に降り注ぐ雨音だけ。
「もう、大丈夫、かな。」
 夕鈴は少しでも雨をしのごうと、せり出した岩の窪みに身を寄せた。
ぽつぽつと聞こえる雨音は岩の中に吸い込まれ森閑とした山の空気に包まれる。降りしきる雨が嘘の様な静寂。
「いったい何だったんだろう。」
 分からないことだらけの現状を、混乱する頭で懸命に考えた。
 無言で迫る黒づくめの敵にも、目をぎらつかせて敵を倒す『お兄ちゃん』の姿にも、違和感を覚えなかった自分。それどころか、『誰か』が必ず助けに来ると確信していた。
「誰、を、待っていたの?」
 ぐちゃぐちゃになった頭の中を探ると。
『―――――鈴』
 微かに聞こえる、小さな声。
『―――――と、一緒がいいなぁ・・・。』
 捨てられた小犬の様なその声の、持ち主は。
『夕鈴。』
 優しい手と温かい腕と。
『夕鈴と、一緒がいいなぁ・・・。』
 綺麗な顔でふんわりと微笑む、
「えっと・・・えっと。」
 ヘイカ。
「っ?!」
 頭の中に浮かんだ解答に驚いた。
「ヘイカ、って、陛下?」
 いや、その前に。
「私の、名前・・・夕花じゃない。夕鈴。そう、汀夕鈴!」 
 靄が晴れて行くのを感じ、夕鈴は集中した。
「そう、汀夕鈴。なんで忘れてたのかしら。」
 章安区に住んでいて、可愛い弟がいて、少し頼りないけど優しい父さんがいて。さっき口走った『キガク』は、『几鍔』。幼馴染の金貸し。
 もつれた糸が解きほぐされていく。
「紅珠と馬車に乗っていて、弾き飛ばされたんだわ。」
 助けに来てくれたのは・・・そう、浩大。きっと私が混乱しないように、自分を『お兄ちゃん』だなんて言ったのね。
「浩大、大丈夫かしら。」
 私を庇って怪我をしているのに、刺客と戦うなんて。
「でもなんで、私が刺客に襲われるの?」
 そもそも、どうして庶民の自分が貴族の紅珠と一緒に馬車に?隠密の浩大と知り合いに?
「うー・・・訳が分からないわ。」
新たな疑問に夕鈴は頭を抱えるが、いくら考えても納得のいく答えは出ない。
「とにかく!確か東の離宮に行くはずだったのよね?!」
 痺れを切らし立ち上がった夕鈴は街道を探して辺りを見回すが、当然そんなものはどこにもなくて。
「うっ。どうしよう。」
 少し躊躇った後。
「登ってきたんだから下りればいいわよね?」
 頭の中をぐるぐる回る疑問を振り払うかのように、足を踏み出した。
「よし、行くわよ汀夕鈴!」

―――『ヘイカ』って、誰?

 思い出してはいけない気がするその人を、頭から追い出すように。






「ありがとう、方淵。助かるよ。」
「貴様の為ではない、陛下の御為だ。」
 正妃が消えた街道沿い一帯を捜索する、柳と氾。狼陛下の寛大な処置により三日の猶予を与えられた氾一族は、全ての手勢を繰りだし捜索に当たり、貴族たちもこぞって尽力を申し出た。
正妃様あってこその、後宮。
正妃探索への協力を願い出た彼らの腹は、それ。狼陛下の寵愛は正妃一人のものでも構わない。狼陛下に付け入る隙がない以上、あの優しい正妃に取り入って縁者の後宮入りを狙うのが、得策。
なにも正妃腹でなくとも王位は狙える。例え下賤の舞姫が生んだ皇子であろうが、王になれる。そのためには、あのお人好しな正妃が必要なのだ。
彼らの魂胆など見え透いてはいたが、正妃探索の手は多い方がいい。そう判断した氾大臣は食えない微笑を浮かべて彼らの申し出を受けたのだった。
「・・・それにしても、忌々しい輩だ。」
「そんな事を言うものではないよ、方淵。」
 いそいそと配下に指示を出す狸どもを睨み付け方淵を窘める水月の元に。
「水月様、陛下直属の隠密が発見されました。」
 報告が上がる。

 正妃探索開始、二日目。
彼らはまだ知らない。己の立場を忘れた正妃が、東行きの馬車に乗ったことを。





「お嬢さん、これ食べるかい?」
「ありがとうございます、おばさん。」
 ゆらゆらとした荷馬車の揺れが、心地よくて。夕鈴は晴れ渡った空を見上げて思い切り伸びをした。
「あ、痛たっ。」
「ほれほれ、無理するから。」
 照れくさそうに笑う夕鈴に、今朝作ったばかりだと言う饅頭を差し出す農婦。
「いえ、ただで乗せて頂くだけでありがたいのに、お食事までなんて!」
「何言ってんの、困ったときはお互い様だろ?」
 農婦は人の良さそうな笑顔で饅頭を半分に割った。
「ほら、まだ温かいから。冷めないうちに。」
「ありがとうございます。」
 素直にそれを受け取り口に運ぶ夕鈴を、嬉しげに見つめて。
「うちにも、娘がいるんだよ。」
 農婦は水筒の封を切って夕鈴に渡す。
「狼陛下の御代になる少し前に、流行り病で亡くしてね。今だったら薬代くらいどうとでもしてやれたのに、あの頃は国中が酷い有様だったから――――だから、本当に気にしないでおくれ。娘の供養にもなるんだから。」
 そう言って朗らかに笑う農婦の目は少し濡れていて。
「母ちゃんが変な話するからお嬢さんが困ってるだろ?」
 荷馬車を操る農夫は、少しぶっきらぼうに声を投げた。
「・・・本当に、ありがとうございます。」
 それしか言葉が見つからないまま、夕鈴は温かな饅頭を口に運び続けたが。
『狼陛下』
 その言葉は胸の中に澱となって沈み、いつまでも残った。


「ついたよ、お嬢さん。あれが狼陛下の離宮だ。」
「う、わー。大きい!」
「国王様の離宮だもの。面白い娘さんだ!」
 夕鈴は何かお礼がしたくて懐を探るが、何もなく。この汚れた服では御礼にもならないだろう、と少し考え込んだ。
「あ、あの、おじさんおばさん。」
「何だい?」
「どうしても御礼をさせて頂きたいのですが、私何も持っていなくて。」
「お礼なんていいよ、気にしないでお嬢さん。」
「私、汀夕鈴と言います。いつか必ず御礼に伺いますね?」
「夕鈴ちゃん、か。いい名前だね。いつでも遊びにお出で。
「ありがとうございます。」

いつまでも手を振って自分たちを見送る夕鈴。その姿が小さくなった頃、農夫はふと、あることを思い出した。
「なあ、狼陛下のお妃様って、確か。」
「ゆう、何とか、ってお名前だったかね。」
「まさか、ねえ。」
「ああ、まさか、なあ。」
 二人は顔を見合わせて、苦笑する。
「あんな良いお嬢さんが正妃様だったら嬉しいけどねぇ。」
「狼陛下にはもったいないお嬢さんだったなあ。」
 ゆらゆら揺れる馬車が、笑っているように見えた。




「陛下、正妃様が、離宮にっ!」
 夕鈴探索の為に野営していた黎翔の天幕に息せき切って駈け込んで来た李順。
「お一人で離宮にご到着なさったそうですっ。」
「間違いないなっ?!」
「・・・おきさきちゃん、すげえ。」
 寝台に横たえられた浩大が、ははっと笑い。その笑い声が消える頃には黎翔の姿も消えていた。
「あー・・・・よか、った。」
「首が繋がりましたね、浩大。」
 李順の表情も明るい。
「氾や柳に借りを作ることなくご自分でお戻りとは、さすがです。」
 側近は、ようやく。
ほうっ、と安堵の息を吐いた。


「正妃はどこだ?!」
「お部屋にて侍医の診察を受けてお出でです。」
土煙を上げて離宮に駈け込んで来た黎翔は、跪拝する侍女たちには目もくれず正妃の部屋へと走った。
「夕鈴っ!」
「・・・?」
 正妃の頭に包帯を巻いていた侍医が礼を取る。夕鈴は突然入ってきた黎翔を不思議そうに見つめた。
「あ、あの・・・」
「夕鈴、よかった、無事で!怪我は?頭を打ったの?」
「え、あの、」
 手早く処置を終えた侍医は廊下へと下がり。不意に現れた男と二人きりにされた夕鈴は狼狽える。
「痛いとこはない?ああ、頭か。他には?背を打ったと浩大が」
「あ、浩大、浩大をご存じなんですか?」
「・・・え?」
「あの、浩大は無事でしょうか。」
「う、うん。水月達に発見されて命に別条はないよ。」
「よかったー。」
 ほっと息を吐いた夕鈴は、ぱっと立ち上がり。
「教えて下さってありがとうございます。」
 にっこりと笑う。
「夕鈴?」
「あ、私をご存じなんですね。ごめんなさい、怪我のせいで少し記憶が混乱しているらしくて。」
「ゆう、りん?」
「皆さんが私を『正妃様』って呼ぶんですけど、私は庶民ですし。色々分からない事ばかりで。でも、お医者様が少しずつ記憶は戻るから心配しないでいいと。」
「夕鈴、僕の事、」
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。正妃様と勘違いされるなんて思っていなくて。すぐ出て行きますから、ゆるし」
「夕鈴っ、私だ!珀黎翔、君の夫だ!」
 必死に覗き込んだ茶色の瞳には、何の感情も浮かんではおらず。
「違いますよ。私は、忘れなきゃいけないんです。『ヘイカ』に迷惑かけちゃいけないから。」
 ふっ、と。夕鈴の顔から表情が消え。
「―――忘れてしまえ、忘れてしまえ、忘れ・・・」
「夕鈴っ!」
 かくん、と崩れ落ちる。
「どういう、事だ・・・」
 愕然として夕鈴を抱き締める黎翔。
「失礼致します、陛下。」
 申し訳なさそうに、侍医が膝をついた。


「・・・で、正妃様のご記憶からご自分が抜け落ちてしまわれた、と。」
「・・・うん。」
死人の様な顔の黎翔。呆れ果てたよう主を見つめる李順の顔には一片の憐みもない。
「ご自分が蒔いた種でしょう?」
「・・・うん。」
 
正妃に迎えてこの方、国王並みの激務を与え続け。疲れ切った身体を労わりもせず、貪った。
 心身ともに限界だった夕鈴を襲った、今回の事件。疲弊しきった心が過去の自分の言葉をきっかけに悲鳴を上げたのだ。
「忘れてしまえ、なんて・・・言わなきゃよかった。」
 過去の己に殺意が湧く。自分を忘れることが彼女の幸せだと思い、そう言った自分の愚かしさに反吐が出る。
私は、馬鹿だ。
彼女の中から私が消える事など無いと思っていた。日々を共に過ごし、睦み合い。それが当たり前だと錯覚し。
過去の自分の言動に背を刺される始末。

「私の、せいなんだ。」
 深く悔いたその声に、李順はようやく気の毒そうな視線を投げた。
「正妃様への配慮を欠いた私にも責はあります。お心が安らぎお身体も良くなられれば、きっとお戻りになりますよ。」
「・・・ああ、そうだな。」
 黎翔は立ち上がり、正妃の部屋へと向かった。

「入っていい?夕鈴。」
「はい、どうぞ。」
 侍女が焚いた、夕鈴の好きな香。淡く香る花の香りのそれが、ふわりと届く。
「いい香りだね。」
「はい、本当に。」
 湯殿を済ませ夜着を纏った夕鈴は、寛いだ様子で寝台にいて。その手の内には見慣れた巻物があった。
「あ、紅珠の新作?」
「いいえ、新作ではないそうです。」
 先ほどやってきた氾紅珠は、涙ながらに夕鈴に謝罪していった。これで氾は正妃に大きな貸しを作った事になる。紅珠の後宮入りなど、望むべくもないだろう。
「読んでいると恥ずかしくて困るんですけれど、せっかく置いていってくれたのをそのままにする訳には。」
 まだ臨時花嫁だった頃の夕鈴が僕の音読に頬を染めて恥じらっていたのを思い出す。
「夕鈴は、恥ずかしがりだもんね。」
「っ。」
 我知らず伸びた手が、桜色の頬に触れる。
「あ、あの・・・」
「いや?」
 戸惑う夕鈴を覗き込むと、困ったような顔で首を振る。
「いやじゃ、ないです。」
 みるみる潤みだす茶色の瞳。思いがけない涙に、慌てた。
「ご、ごめんっ、君が嫌がることは何もしないからっ!」
 引きかけた手を、夕鈴のそれが追い。指先が絡まる。
「いや、なこと、なんて・・・へいかにされて、いやなこと、なんて・・・」
 ぼろぼろ零れる涙。
「ゆう、りん?」
「そんなにも、私は、ここにいちゃダメですか?」
 しゃくり上げる夕鈴は、あの日のあの夜の、君。

―――――忘れてしまえ。

 私の言葉に、どれ程君が傷ついていたのかを思い知った。

 ねえ、夕鈴。僕を許して。
「ずっと、そばにいて。」
 愚かな私の、傍らに。
「僕を忘れないで。私を思い出して。」
 何度でも、繰り返すから。
「帰ってきてくれ、夕鈴。」
 心から。
「ごめんね、夕鈴。」
 謝罪も。
「そばにいて・・・愛してるんだ。」
 愛の言葉も。
「戻ってきて。僕のお嫁さん。」
 永久に。
 何度でも繰り返すから。



 不意に触れた大きな手。頬を優しく撫でるその掌に、心が包まれた。
 気づかないうちに涙が流れて、止められなくて。驚いて引かれかけたその手の感覚が名残惜しくて、引き止める。

 忘れなきゃいけなかった人。
忘れられなかった人。

「そんなにも、私は、ここにいちゃダメですか?」
 
 一番苦しかった思い出が。
 一番忘れたくない思い出が、蘇った。



「陛下、陛下・・・っ!」
「っ、夕鈴。」
 傷に障るのを恐れて優しく抱き締める黎翔に縋り付く夕鈴。
「私、崖から落ちて・・・っ、刺客が、来て、浩大が、怪我して、」
「うん、大変な思いさせて、ごめん。」
「陛下の事、忘れちゃって、ごめんなさい。」
 しゃくり上げる夕鈴に口付けが落とされた。
「あのさ。」
「は、はい。」
 ぺしょんと耳を垂らした小犬が夕鈴を見つめる。
「・・・『忘れてしまえ』なんて言って、ごめんなさい。」
「っ!」
「お願いだから、忘れないで下さい。」
「・・・ふふっ。」
 夕鈴から思わず笑みが零れた。
「陛下を忘れる事なんて。」
 白い手が、黎翔のそれに重なる。
「この手も。」
 柔らかな唇が黎翔の頬に触れる。
「このお顔も。」
 とんっ、ともたれかかる茶色の髪。
「この温もりも。」
「夕鈴?」
「誰のものなのか思い出せなくて、もどかしかったのに。」
「もう、思い出した?」
 まだ不安げな黎翔に笑いかけた夕鈴は。
「ただいま戻りました、陛下。」
「お帰り、夕鈴。」
「もっとちゃんと抱き締めて?」
「っ!」
 嬉しげに囁いた。

C.O.M.M.E.N.T

ドキドキしながら

続きを、読ませて頂きました。
没?没なんですか?
そうなのかなぁ。
ウフ、もう少し思い出せなくて
陛下が落ち込むのを見たいと思った私は鬼でしょうか(≧∇≦)
本、予約出来るんでしょうか?
西に住んでるので直接買えそうにありませーん(T_T)
でも、ぜーったい欲しいでっす。

2014/09/24 (Wed) 20:14 | くみ #17ClnxRY | URL | 編集 | 返信

Re

くみ様へ
没、なのです。
読み直しおよび修正作業に耐え切れませんでした。私が(笑)
気を取り直してまた書こうと思います。
陛下をもっと苛めたかった。←そこか
本。本。
無事出せたらいいなぁ(弱気)
通販とかよくわからないんです。しくしく。
勉強します。

2014/09/24 (Wed) 21:30 | あさ #- | URL | 編集 | 返信

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