2014_05
18
(Sun)11:24

幻花 1

こんにちは。
あさ、です。

拍手4万御礼SS「幻花」を書き始めました。
相変わらずの行き当たりばったり連載ですが、どうか宜しくおつきあい下さいませ。





《幻花 1》



「陛下、お妃様は・・・」
「分かっている。構うな。」

濃く香る夏の匂い。
重たく湿った緑が鬱陶しい。

一歩足を踏み出すごとに纏わり付く衣。
汗ばんだ額に張り付く前髪。

口煩い大臣たち。

全てが、煩わしく。
何も考えたくなくなる。


そんな時は、ここに来るんだ。

「ただいま、夕鈴。」

ーーーーお帰りなさい、陛下。


君はいつでも僕を笑顔で出迎えてくれる。

何の飾りもない、心からの笑顔。

「・・・ふぅ。」

詰めていた息が、籠もっていた力が、抜けてゆき。
崩れ落ちるように、長椅子に座り込んだ。


ーーーーお仕事お疲れ様でした。

「うん。今日は忙しくて。疲れちゃった。」


心配そうに眉をひそめて長椅子に近寄ってくる夕鈴。
膝立ちになって、僕の膝に手をついて。


ーーーーご無理はいけませんよ?陛下。

綺麗な瞳を潤ませて、僕を案じてくれる。

「大丈夫だよ、僕、頑丈だから。」

そう言うと。
夕鈴は困ったように笑って。

ーーーーお茶をお淹れしますね。

さらりと衣擦れの音をさせて、優雅に立ち上がる。

ふわりと香る、清楚な花の香。
思わず伸びた手が、空を掴み。

「待って、夕鈴。」

行ってしまった幻の代わりに。

噎せ返るような、夏の香り。








「暑いわねー・・・」

誰にともなく呟いて、水を汲み上げる。

深く掘られた井戸の水は夏場も心地よく冷たく。
水を汲み上げる作業は大変だけど、嫌いじゃない。

「あー、いい気持ち!」

冷たい水で、ヒリヒリと痛む目尻を洗って。
ぱんっ!と頬を叩いて気合を入れた。

「朝食は何が食べたいですか?」

ーーーー夕鈴の作ったものならなんでも!

「それじゃ困ります。えっと・・・お粥はいかがでしょう?」

ーーーーうん、温かいお粥久しぶりだから嬉しいな!


今日も陛下と一緒に、一日を送って。
明日も明後日もずっと、ずっと。

一緒にいるの。


「忘れてしまえ」

冷酷非情の狼陛下の優しい勅命。

逆らって罰せられても、本望だわ。


「夕鈴、几鍔くんが来ているぞ。招待客の人数が変更になったらしい。」
「おばばさまったら、またお客様を増やす気?!」


忘れてなんて、あげない。

例え、誰に嫁ごうが。
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2014_05
18
(Sun)15:37

幻花 2

忘れない。

そう決めているから、大丈夫。


私が帰って来たと知ったおばばさまは、素早かった。

「王宮でしっかり行儀見習いすませて来たんだろ?ますますうちの嫁にはもってこいだよ!」

張り切って、手を回して。

「・・・大人しい女じゃ、うちの嫁はつとまんねえからな。」

ガリガリ頭を掻き毟りながら、少し、頬を染めて。

「諦めて、うちに来いよ・・・夕鈴。」

几鍔は真っ直ぐに私を見た。

「ちょ、ちょっと、待っ」
「身分違いの初恋なんて、忘れちまえーーーー」

私の心は、見透かされていて。

「ーーーー夕鈴。」

私を見つめる隻眼が、驚くほど深い色だったことに気づいた。

「俺はいつもお前のそばにいたろうが。」

なんでも知っていて当たり前だ、って言う几鍔。

「いいんだよ、そのまんまで。無理すんな。」

几鍔は、毎日うちに来て。
トントン拍子に進む縁談に戸惑う私を優しく励まし続けてくれた。

「お、夕鈴ちゃん、もうすぐお式だね!準備は順調かい?」
「楽しみにしてるからね!」

章安区では名の知れた几商店の跡取りの結婚話は、もう知れ渡っていて。
皆が私を祝ってくれる。

「夕鈴ちゃんは、苦労したからねぇ。幸せになるんだよ。」

涙ぐみながら喜んでくれた、飯店のおばさん。

「これで私も一安心だわ!しっかりやんなさいよ?・・・って、夕鈴なら大丈夫か。」

明玉は、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。


『李翔さん』の事を訊いてくる人なんて、一人も居ない・・・優しくて居心地の良い、下町。

ここが、私の居場所。

当たり前の事実が、胸を抉る。









「・・・陛下、そろそろ。」

とうとう、周までが妃について口を出すようになった。

当たり前、か。

国王と正妃が居らねば、国の形は整わぬ。

父や兄のように、数多の妃を娶り、子を成して。
王の血筋を一人でも多く残さねばならない。

最初からそのつもりだったではないか。

内政が安定し足元を固めたら、正妃や妃を迎える。

何を躊躇うことがある?

後宮を持つことは、王の義務だ。
仕事、だ。

仮初めの幸せを、胸にしまって。
私はここ、で。

何もない、この王宮で。

生きねばならないのだ。

命尽き果てるその日まで。

この国のために。

民のために。

君のために。


心を、凍らせて。
2014_05
18
(Sun)16:35

幻花 3

夕鈴殿を逃がしてからずっと「狼」のままの陛下。
彼女に会う以前の陛下なら、私の前では小犬のような姿を見せていたのに。

あの夜から一度も、陛下は・・・笑わない。


「章安区の几商店で婚礼があるそうです。」

王都の状況報告と合わせて伝える。

「・・・」

無言で書簡を読み進める陛下は、無表情だが。
その指先が僅かに震えたのを見過ごすようでは側近は務まらない。

まだ、陛下は。
彼女を。

「婚礼の夜は大盤振る舞いだと、章安区の人々は浮き足立っています。」

素知らぬふりで、続ける。

「来るもの拒まず、の宴になるそうで・・・コソ泥などは大喜びでしょうね。」
「・・・・」

震えが、大きくなる。

声を、お出しにならないのは。
悟られたくないからだろう。
未練がましく彼女を諦めきれない、ご自分を。


「何にせよ、婚礼の夜は章安区の警備兵を増やしておかねばなりませんね。」

「・・・ああ。そう、だな。」

ようやく聞けた、陛下のお声は。

常と変わりなかった。









「・・・陛下、なんか仕事させてよ。」

毎日毎日、じいちゃんと菓子ばっかり食ってちゃ、流石に飽きる。

「なあ、陛下ってば!優秀な隠密を遊ばせておくほど平和な国じゃないだろー!」
「・・・・」

返事は、ない。

全く、何やってんだか。
陛下も、おれも。

「本当に、いいのか?」

あの夜。
お妃ちゃんを実家に送り届けた夜から、ずっと。
お妃ちゃんの警護を引き揚げさせられたあの日から、ずっと。

ずっと、ずっと、ずっと。
問い続けても。

「・・・いいんだ。」

主の答えは変わらないから。
道具は、動けねえ。

「・・・ちっ。」

わざと陛下に聞こえるように舌打ちして、酒を煽ったら。

「ひとつ頼みたいことがある。」

狼陛下が俺に。
主が道具に。

「た、頼み事?!」

俺はせっかくの酒を味わいもせずに飲み下してしまった。

「近々、章安区で大規模な婚礼がある。その商店の警護を頼みたい。せっかくの婚礼だ。何かあっては気の毒だからな。」

「りょーかい。」


この人は。
本当に。

なんて、難儀な人なんだ。
2014_05
19
(Mon)08:36

幻花 4

今回、夕鈴が辛くて可哀想です。苦手な方はご無理なさらないで下さい。
書いている私も辛いです。(じゃあ書くな)












《幻花 4》


「夕鈴・・・綺麗だぞ。母さんそっくりだ。」

重たい花嫁衣装は、この季節には少し辛いけれど。

「姉さん、おめでとう。幸せになってね。」

「夕鈴ちゃん、よかったねぇ。」
「おめでとう!」

皆が祝ってくれるから、精一杯の笑顔で応えた。

「暑いだろ、大丈夫か?」

几鍔が気遣ってくれるけど。

「これくらい、大丈夫よ。」

お妃衣装で政務室通いをしていた経験は、伊達じゃない。

艶やかな薄茶の髪と白い肌、表情豊かな瞳。
上品な微笑を浮かべ、鈴を転がす様な声で返礼し。
優雅に裾をさばき、花の香りを振りまく花嫁に。

客は瞠目し。

「・・・・これでいいのかよ?」

浩大はひとり、唇を噛む。



「さすがに、疲れたな。」

夜の帳が下りる頃。
まだ引きも切らぬ客をあしらって、新婚夫婦は新居となる離れで二人きりになる。

真新しい寝台と、新婚らしい真紅の布団。
揃いの夜着と、祝いの縁起物が山と積まれた部屋。

居心地が悪そうに視線をそらせる夕鈴の顎を、几鍔の指がとらえ。
少し強引に、自分の方へ向かせる。

「俺を見ろ。」
「っ。」

真剣な瞳に囚われた。


「大丈夫だ。」

近付いてくる、几鍔の顔。
思っていたよりずっと熱い、私の知らない、唇が。

「・・・っ!」

私のそれを塞ぐ。

優しいのに遠慮のない動きで、几鍔が私を奪い始めた。


陛下じゃない唇が頬に触れ。
首筋を下りてゆく。

否応無く背筋を這い上がってくる、嫌悪感。

几鍔が嫌いなんじゃなくて。
陛下じゃないのが、嫌。

いや。
陛下じゃない。

「や・・・やめっ」
「やめない。」
「き、が」
「忘れちまえ。あいつのことなんか・・・忘れろ。」


『忘れてしまえ。』


陛下の声と、几鍔の声が、重なって。

頭が真っ白になって。


「陛下、陛下っ、へいかぁーーーーっ!」

もう止められない想いが。

私を壊した。




真下から聞こえる、お妃ちゃんの悲鳴。

あの人を呼ぶ、悲しい声。


「陛下じゃなきゃ、嫌っ!嫌なのっ!」

泣きじゃくる花嫁を抱き締める花婿。

「嫌でもいい。一生かけて忘れさせる。」
「いやぁ・・・忘れたくないの、忘れない、の・・・」

泣きじゃくる お妃ちゃんは、もう、限界だったんだろう。

陛下を呼びながら、泣きながら、目の前の男にしがみついて。


ーーーー陛下。俺、道具失格だ。



俺も、もう。

限界だ。




一瞬の後。

遠慮のない音を立て、隠密が屋根を割ったのと、同時に。

母屋から火の手が上がった。
2014_05
20
(Tue)08:00

幻花 5

おはようございます。
あさ、です。

今回も夕鈴が辛いです。ご理解の上、お進み下さいませ。

御礼SSがこれって・・・最悪だな、私。

ごめんなさい。







《 幻花 5》


りりり、と虫の音。
さわさわと、風の音。

柔らかい橙色の月が、甍を照らし。

同じ月明かりに照らされながら、夕鈴は几商店に嫁ぐ。

王都でも名の知れた店。
いずれは跡を継ぐ几鍔は、人望も厚く。
ぶっきらぼうだが、夕鈴を大切にするだろう。

遠くから、君を守って。
ほんの少しでもいい。
君の幸せそうな笑顔が、見られたら。

僕はきっと、大丈夫だ。

狂わずに、いられる。


目を閉じると夕鈴が自分ではない男に抱かれる姿が目に浮かんでしまうから。
自分の中の狼が暴れ出しそうになるから。

「今夜は、月と過ごそうか・・・夕鈴。」

いつもの長椅子から、月を見て。

ーーーーたまにはゆっくりお月見もいいですね。

ぽすん、と僕の隣に座ってくれる、君の幻に、縋る。

ーーーー陛下、寒く、ないですか?

触れることのできぬ、幻に。


夕鈴。
夕鈴。

僕の、夕鈴。
私の、唯一のーーーー

黎翔の頬に月の明かりが伝った時。


「陛下っ!章安区に火が!」

血相を変えた李順が飛び込んできた。








「火事だっ!!」
「元は厨だっ!兄貴っ!!」

バタバタと駆け込んで来た仲間達。
離れにも流れ込んでくる煙と、客達の悲鳴が、非常事態を悟らせる。

「夕鈴、ばあさんを連れて逃げろっ!頼むっ!」

一瞬で事態を悟った几鍔は、花嫁の襟元を掻き合わせ。

「落ち着くまで、お前の家にいろ!」

母屋に向かって駆け出した。


「か、火事?!」

一瞬惚けた夕鈴も、すぐに気を取り直し、母屋に向かう。

おばば様は元気だが、やはり老人には違いない。
逃げ遅れでもしたら、大変なことになる。

思ったよりずっと強い火勢と煙。
逃げ惑う客達の間を縫って、おばば様を探した。


「おばば様っ!どこですか?!」

開け放たれた母屋を探すが、姿が見えず。
嫌な考えが浮かぶ。

火を消しに行ったのかもしれない。

あのおばば様なら、やりかねない。


そう思い、夕鈴が真っ赤になった厨に向かった時。

「お逃げっ!!来るんじゃないっ!!!」

切羽詰まったおばば様の声と。

「・・・お前は、あの時の小間使いか?」

薄笑いを浮かべた、かつての商売敵。
おばば様に刃を向けた、高商店の主の姿。

「・・・・っ!」

「お前達さえいなければ・・・」

高の瞳が、火に煽られて。
狂気を宿す。

「お前たちさえ、おまえたちさえ・・・イナケレバ」

高の刃が真っ直ぐに向かった先は、几商店の女主。

「だめーーーーっ!!」

だが、それを受け止めたのは。

花嫁。

ようやく妃を見つけた隠密の眼前で崩れ落ちてゆく、花嫁。



「お妃ちゃんっ!!!」

「あ・・・浩、大・・・おばば、さま、を・・・」

「何言ってんだよ、何してんだよっ!!」

「へいか、に・・・ごめんなさい、って・・・みかたで、いる、って、いったの、に・・・っ」

「しゃべんなっ!!」


叫び。

浩大は力任せに鞭を振るって高を昏倒させ。

「あんたっ!うちの嫁を助けておくれ!!」

「言われなくてもそうする!ついてこいっ!!」


背を真っ赤に染める夕鈴を抱き上げた。
2014_05
20
(Tue)13:56

幻花 6

度々こんにちは。
あさ、です。
コメント、ありがとうございます。
このお話を最後まで書き切ってから、お返事させて下さい。

やっと、陛下が動きました。遅い。←





《幻花 6》



几商店から上がる、火の手。

「あいつだ、高だっ!高商店の主が火を付けたんだ!」
「婚礼の夜になんてことを!早く火を消せっ!」

逃げ惑う招待客が徐々に平静を取り戻し、消火にあたり始め。
厨の火勢が徐々に収まり始めた頃。

「ーーーーー夕鈴!!」

几鍔は、覚えのある声が花嫁の名を呼ぶのを聞いた。

「何しに来やがった。」

王宮の衣装そのままで周囲の注目を浴びる黎翔を睨みつける。

「夕鈴は?!」

余裕を失った紅い瞳。

「うちの年寄りと一緒に実家に避難さ」
「違うっ!!浩大がいない!!」

狼の咆哮に言葉を失った几鍔。
黎翔はこれを見ろ、とばかりに点々と続く血痕を指す。

「捕えた高からはここまでの出血はなかった!夕鈴は実家に帰っていない上、私の道具も消えた!」

こみ上げる怒りが止まらない。
取り乱している自覚はあって。
彼女がこうなったのは几鍔のせいではないと分かっていた。

だが。

「お前なら、彼女を幸せにできるのではなかったのか?!」

叫ばずにはいられなかった。

「王宮から、私から離れれば、夕鈴は幸せになるのではなかったのか?!」

几鍔の隻眼に怒気が宿ったのは、一瞬。
ゴツン、と。
狼陛下の頬から、嫌な音が鳴り。

「・・・ふざけんじゃねえぞ、『李翔』・・・」

怒りに身体を震わせた几鍔の拳が再度黎翔の頬をとらえ。

「さんざん、あいつを泣かせといて・・・今更何しに来やがった!喚いてるだけなら、王宮へ帰れ!」

黎翔はなされるがままに拳を受け続ける。

「俺は、俺の花嫁を探す。どんなに泣かれようが、あいつを守ると決めた。」

虚ろな瞳でぐったりと座り込んだ黎翔見下ろし。
几鍔は叫ぶ。

泣く様に。

「あいつはっ!お前を呼んで泣いたんだ!俺の腕の中で!」

ピクリと、黎翔の頬が動く。

「お前はあいつを手放した!何もできねえなら、帰れ、李翔!!」

荒い息を吐く几鍔と、彼を見上げる黎翔。

しばしの沈黙の後、裾を払って立ち上がった黎翔は。

「・・・彼女は、私の・・・この珀黎翔の、花嫁、だ。」

静かに言い放った。








そこからの黎翔の動きは早く。
几鍔はその後ろ姿を信じられない思いで見つめるしかなかった。

「出てこい。」

彼の一言で湧き出す様に黒い影が集まり。

「浩大は足取りを残しているはずだ。すぐに見つけて妃を保護しろ。妃の怪我の程度によっては無理に動かすな。妃の命が最優先だ。行け。」

一斉に影が散り、その後ろに控えていた警備兵が跪き、指示を仰ぐ。

「王宮に使いを。医官を待機させよ。老師に使いを出し、妃が見つかり次第向かう様に伝えよ。」
「御意。」

その僅かな間にも影が立ち戻り。状況を報告してゆく。


章安区の人々が、言葉を失っている間に。


「陛下。お妃様の居所がわかりました。」

報告が上がり。

「向かう。案内せよ。」
「はっ。」
「俺もいくぞ。」
「好きにしろ。」

黎翔と几鍔の姿は、まだ燻る煙と共に闇に溶けた。
2014_05
21
(Wed)00:00

幻花 7

止まらない血が、痕跡を残して。
浩大を焦らせる。

「くそっ!!」

王宮まで運ぶには、出血の量が多すぎた。

「一番近い医者は?!」
「角を左だよっ!」

感心に俺の足取りをしっかり追って来るばあちゃん。
お妃ちゃんが心配なんだろう。
不安げに、俺を見る。

角を曲がって少し走ると、医者の家。

「起きてくれ!ケガ人だ!!」

隠密の性か、少し声を潜めて戸を叩いた俺を押しのけたばあちゃんが。

「ここをお開けっ!うちの嫁が大怪我したんだっ!看ておくれっ!!!」

声を張り上げて、ガンガン扉を叩くその勢いは、凄まじく。

「うるさいっ、今開ける!!」

寝ぼけ眼で戸を開けた医者は、俺の腕の中でぐったりとしたお妃ちゃんを見るなり。

「ゆ、夕鈴ちゃん?!」

青褪めた。






『忘れてしまえ』

・・・いや。

『忘れちまえ』

・・・いや、なの。


冷たくて居心地の良い水底。
とろりとした甘い水が私を捕えて離さない。

冷えてゆく、手足と。
止まってゆく思考が心地よくて。

時を止めてしまおう。

そう、思った。


傷口を縫われる感触も。
必死に私の頬を叩くおばば様の手の感触も。
私の身体を摩る浩大の掌の感触も。

全部、分かってた。

もう、痛みさえ感じなくて。
息苦しさだけが、感じる苦痛の全て。

少し前までうるさくてたまらなかった胸の鼓動が。
漸く、静かに。
弱くなって。

とくん、と。

ゆっくりと、収束に向かう。


これでよかったのかもしれない。

王様に恋をした愚かな娘の、末路。

望まぬ結婚と、突然の死。


誰にも迷惑をかけない・・・私らしい、死。


陛下が、だいすき。


私が死してもなお残る想いは、それだけ。

青慎はきっと立派に成長するだろうし。
父さんは、少し頼りないけど・・・多くの友人がいる。

汀夕鈴の、心残りは。


何もない王宮に唯一人。
孤独に佇む、あの人の。

『夕鈴』

声と。
温もり。


陛下。


ごめんね、几鍔。

私、やっぱり・・・


陛下が、好きなの。


自分でもおかしいと思うけど。
ずっと一緒にいたあんたよりも、ずっと、ずっと。

あの人が、好きなの。


想うことすら、罪。

でも、それでも。

貴方が、好き。



ずるずると引きずられる様に落ちてゆく夕鈴を。


『夕鈴 』


掬い取ったのは。



「・・・・目を、開けてくれ・・・・」


唯一の人の。

愛しい声。
2014_05
21
(Wed)09:42

幻花 8

こんにちは。
あさ、です。

拍手4万御礼SSのはずの、「幻花」。
御礼になっておりますでしょうか。

なってないですか?
やっぱり・・・。

すいません、これが全力です。
お許しくださいっ。



最終話です。


《幻花 8》



無言で路地を走り抜ける、三つの影。
彼らは人目を憚ることなく全速で走る。


月明かりに照らされた白い道に散る、血。
途切れることなく続く血痕が、王宮に向かった浩大が行き先を変えた理由。

あの華奢な体が、この出血に耐えられるのか。
人の命はあっけなく散る。
いくつも、見てきたから。
よく知っている。

いらぬ知識が自分を追い込み。
悪い方へと思考が向かう。


「夕鈴!」

隠密の向かう先を悟った几鍔が二人を一気に追い抜き、医家の戸を開けた。

「夕鈴は?!」
「今傷をふさいでるんだ、静かにおし!」

大声を出した几鍔を、おばば様が制す。

立ち尽くす几鍔の後ろから見えた夕鈴は、うつ伏せにされていて。
穏やかに微笑を浮かべた真っ白な顔が、こちらを向いていて。

「・・・あ・・・」

よく知る、光景が。
人の命が消えゆく様が。
眼前にあった。



『陛下』

彼女の頬に浮かぶのは。

幻と同じ微笑。



ゆう、りん。

君を失ったら。

僕は。


「・・・・目を、開けてくれ・・・・」

よろめきながら、妃の頬に指の背で触れ。

唯一を喪う恐怖に震える狼陛下。

「逝くな、逝くなーーーーっ!!」

冷え切った頬を掌で包み、小さな身体に縋り。

「夕鈴、目を、目を開けてくれ、お願いだ・・・・っ!」

手を握り、腕を摩り。
少しでもいい。
彼女に熱が戻るよう、なりふり構わず。

「お願いだ・・・・目を、開けて・・・・逝かないで・・・」

狼陛下が、泣く。


誰にも入り込めない、光景。

医者もおばば様も、浩大も、几鍔も。

ただ、立ち尽くし。


「・・・・へい・・・なかな、い・・・」

「夕鈴っ!!」


薄っすらと開いた茶色の瞳が、笑うのを。

打たれたように、見守った。












「ああ、大分出来てきたねえ。」

章安区。
几商店。
思いもよらぬ不幸に見舞われはしたが、逞しい下町の商人の立ち直りは早く。
先日の火事で焼けた厨だけではなく、かなり大規模な建て替え作業が行われてた。

「費用はいくらかかっても構ないよ!・・・どうせ、」

・・・王宮持ちだ。

最後の台詞は胸にしまい、几商店の女主人は今日も元気に指示を出す。

「鍔!いつまでもぼーっとしてないで、とっとと積荷の確認をおし!」

鍔と呼ばれた隻眼の跡取りは、先日の火事で新妻を喪い。
少し痩せた後ろ姿が、まだ、痛々しい。

わかったよ、と呟いて。
几鍔は積荷を数え始めた。


「・・・・あと半年で、本当に・・・」

狼陛下の花嫁になる、幼馴染。
全てを捨てても、それでも。
あいつは、狼陛下を選んだ。


『几鍔!』

うるさいほど元気に、俺を呼んだあいつは。
もう、手の届かない、幻の花。

だが、それでいいと思う。

俺にも、きっと。
いつか。

心から思い合える、相手が・・・

「いつになるか、わかんねえけどな。」

はは、と明るく笑って。

几鍔は遠くを。
王宮の甍を、見つめた。
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